いくら五ツ星(つい先日、星がひとつ増えたのだけど)のホテルの料理長、そしてシェフとして働いているとは言え、いつもその手の…いわゆる、グルメ食材と呼ばれる高級食材を口にしているわけではない。
 確かに興味は尽きないのだろう。
 それでも、そういう料理ばかりに熱中していては『基本』を忘れてしまう、と小松は言った。
 
 あるもので。
 自分の手に出来るもので、その腕を最大限に奮う。
 工夫を忘れず、新たなレシピのひとつの糧とすること。
 それも大切なもの。
 
 ……まあ、そんな難しいことはさておいて。

「…おいしかったです」
「ありがとうございますっ!」

 丁度いい塩梅で腹を満たす心地の良い感覚に正直な感想を鉄平が口にすれば、キッチンの流し台の前に立っていた小松がパッと顔を上げて嬉しそうに破顔した。
 満面の笑顔は、見ているこちらも素直な賛辞をして良かったと思わせてくれる清々しさがある。

「薄切り肉のポークカツレツって、意外とさっくり食べられるんだね…」
「分厚いのをそのままっていうのも簡単なんですけど、軽い口当たりにするなら薄切り肉を重ねちゃったほうがいいんですよ。
 間にチーズとか、シソの葉なんかも挟むのが簡単ですし」

 饒舌に料理のことを語る小松は目をキラキラと輝かせていて、少年のような、そんな印象を受けてしまう。
 そのことを口にすると怒られるのは身をもって知っていたので(つまり、もう実戦済み。言った時は怒られて、料理を没収された。あれ以来、もう二度と言うものかと鉄平は心に決めている…失言は、たまにあるのだけど)鉄平は滑るように次々と言葉にする小松の声に耳を傾ける。
 うん、うん、と頷きながら、持っていた重ねた皿を小松のほうへと差し出した。

「あとはですね、揚げ焼きにもできますし……」

 その綺麗にカラになっている皿を当たり前のように受け取って小松はキ流し台の中へと、蛇口から水を出しながら置いていく。
 そこへ、彼らの足下から、ユーン、と鳴く声が響いた。
 視線を落とすと、ウォールペンギンがパタパタと短い尻尾を振ってマグカップを小松のほうへと差し出している。

「うん、ありがとう」

 それは、小さな子どもが食器の片付けのお手伝いをしている光景を思わせた。
 実際、ユンユンが持っているのは割れないようなプラスチック製のもので、デフォルメされた可愛らしいキャラクターがプリントされている。
 ユンユンが差し出すそれを受け取って、空いた手で柔らかな頭を小松が撫でてやると、嬉しそうに甲高い声が響く。

「お前もお手伝いが出来るようになったんだなぁ…」

 えらいえらい、と脳天気な声色で鉄平が小松が離した手と入れ替わるようにしてユンユンの頭を撫でる。
 途端、ユンユン! と鳴いて飛び跳ねるような仕草で鉄平の足に抱きついてきた。

「まったく、お前は甘えん坊だね」
「よい子を褒めるのは保護者の特権」
「……特権、ですか?」
「そうそう。大きくなったら、できないんだしさ」

 …それは、大きさ的な意味でだろうか。
 それとも大人になったら凶暴になると言われているウォールペンギンの性質的な意味であろうか。
 あるいは……『子ども』から、『大人』になれば、できないということなのか。

 小松は目を瞬かせて、ことり、と首を傾げて鉄平を見る。
 鉄平はと言えば、足下にいるユンユンをひょいと抱き上げているところで小松の視線に応えようとはしなかったのだが。
 ただ、小松は気にした様子もなく、そうだ、と軽く手を叩いた。

「このあと、ちょっとしたおやつもあるんです」
「おやつ?」
「暑くなってきましたし、シャーベットを……お前も食べられるように、砂糖とかは使ってないからね」

 前半は鉄平に、そして後半の部分は抱き上げられて視線が上のほうにいってしまったユンユンに向けてだった。
 小松の側にいるようになってから、おやつ、という単語に顕著な反応を見せるようになったユンユンは、たのしみ! と言わんばかりに、きゃっきゃっと楽しそうに笑うように鳴き声を上げる。
 はしゃぐ子どもを抱くのは、人間でも動物でも苦労することは変わらないので落ちないようにと手元で巧みな調整をかけながら、鉄平は小松へと視線を流す。

「ちなみに、何味?」
「スイカとか、オレンジとか、いろいろです」
「……全制覇しても…」
「お腹壊しますから、やめておきましょうね」

 えー、と不満そうな鉄平の声を笑いながら受け流し、流し台のなかの洗い物を片付けるために小松が傍らのスポンジに手を伸ばした。






「……なんですか、この擬似家族」
「残念ながら、
の前の静けさ、なんですけどね」