「君が好きだよ」
言葉は打算で出来ている。
まやかしであり、幻。
いくらでも取り繕うことの出来るもので、嘘で塗り固めることができる最たるもののひとつと言えるだろう。
「君のことが、好きだよ」
笑顔はうそつきだ。
顔の筋肉さえ動かせばいい。
見目がよければ効果は倍増するだろう。
投げ出されたままの小さな手に触れる。
指先が触れれば小さく震えてしまったが、振り払おうとしないのは彼自身の優しさなのだろう。
触れた手をことさらゆっくりと握り込む。
いつもなら暖かいはずのその手は、冷たくなてしまっていた。
人の手は緊張すると指先から冷えていくらしい。
ならば彼も、緊張しているということなのだろう。
身長差を埋めるためにひざまずいた体勢だったから、視線を握る指先から外して少しだけ上に向ける。
ああ、可愛い。
彼が知ったのなら今以上に真っ赤になって否定しそうなことを思い浮かべながら、緩く唇が弧を描く。
目の前の彼の顔はこれ以上ないくらいに上気していた。
熟れた赤い林檎のように真っ赤になった頬が愛おしくて目を細める。
「君が好きだよ」
呪文のように何度も囁く。
声に感情のすべてを込めて。
ああ、けれど声は作りものだ。
切なそうに、それでいて甘く、重く。
耳朶をたどるように囁けば、それがどれほどの鼓膜を揺らすのかさえ知っている。
声を聞いて殊更赤くなり、細かく肩を震わせているのは羞恥だけではないことを知っている。
指先を握っていたほうとは別の手を、その赤い頬に伸ばす。
ふくりとした指先が触れて、
けれどただ触れるだけでは意味がない。
触れようとして、その直前でピクリと触れるのを躊躇ってみせる。
躊躇うことが、必要なのだ。
そうすれば彼は自分を拒めない。
この心の優しい小さな料理人は、自分という存在を見過ごせなくなってしまうことがわかっていて、するのだ。
躊躇った指先が今度こそ頬に触れる。
触れた頬は熱くて、火傷してしまいそうだと思うほどだった。
「僕なんかにこんなことを言われても迷惑なだけだとわかっているんだ」
言葉は、うそつきだ。
言葉は欲しいものを手に入れるための手段でしかない。
欲しいものは目の前にあって、それを誰にも渡したくはない。
手に入れる方法はわかっている。
だからこそ。
だからこそ、手を伸ばす。
「でも、聞いて欲しい」
だからこそ、彼が逃げられないように罠を張る。
毒人間という言葉。
自分の過去を知っている彼は、可哀想な僕のことを見捨ててなどいられないだろう。
精一杯、同情を引くような顔を作り出す。
断れば罪悪感を引き出させるように。
その罪悪感でさえも、利用する。
「小松くん」
握った指先に力を込める。
震える指先が、呼びかけると大きく動いたのが肌の上から伝わった。
「君が好きだ」
目を背けることが出来ないように、指先を頬に滑らせる。
こぼれ落ちそうな大きな瞳が、自分だけを見つめていることの黒い満足感を覚える。
笑い出しそうな衝動を堪えて、ゆっくりと引き寄せる。
引き寄せると抵抗などなくタタラを踏んだ彼の足が床を蹴って、自分のほうに倒れ込んできた。
胸に抱き寄せて、そのまま腕をまわす。
小さくて、暖かい。
抵抗もない。驚きでそれを忘れているのだということはわかっていたが、それも予想の範疇内。
「願うなら」
願うように、縋るように、乞うように。胸の奥から声を引き絞る。
「僕のこいびとになってくれないかい?」
その声も言葉も、全部、作りもの。
彼を手に入れるために張り巡らせた蜘蛛の糸。
心優しい彼が逃げられないように繋いでしまうための見えない糸。
腕の力をほんの少しだけ込めると、ひゅぅと喉から空気が漏れでるような音が聞こえた。
僕は狼。
うそをついた少年を利用する、牙を研いだ狼だ。
少年はいなくても、嘘を、利用することは出来る。
嘘を塗り固める。
黒い何かを押し込めて、彼を確実に手に入れるためのそれを実行の移す。
「 」
やがて、腕の中で小松くんが何かを言おうと空気を吸い込んだ音が聞こえた。
答えなんてわかってる。
だって答えは、最初からひとつしか用意されていないのだから。
なるだけ時間をかけて彼を腕の中から解放する。
ああ、今、僕は寄る辺のない子供のような不安そうな顔が出来ているだろうか?
それだけが気がかりだった。
だが、小松くんの視線が自分の顔に向けられていることがその答えなのだとわかって、心の内で静かに満足する。
「ココ、さん」
震える声が聞こえる。
その声までも愛おしくて、笑い出したい衝動を堪えるのが苦しくて仕方なかった。
唇が細かく震えている。
その唇がゆっくりと紡ぐ答えを、僕は待った。
優しく笑いながら、口をあけて待っている。
嘘吐きはどっちが先?