「あ、そうだ。トリコさん、サニーさん」
「んー?」
「んだ?」
キッチンから追加の料理を運んでくる小松は、ふと何かを思い出したようにリビングで座っている二人に声をかけた。
名前を呼びかけられサニーのほうは手を止めて小松のほうへと顔を上げたが、トリコは生返事をするだけでさっぱり反応はない。無視しているというわけではなく、食べるほうに意識を持っていかれているのである。
つまりはそれくらい目の前にある料理が美味しいということでもあったが、それは対面に座して「つくしねーの」と毒づいているサニーも、そして苦笑を浮かべながら山盛りに料理を盛りつけた皿をかろうじて机の上に開けられているスペースに並べる小松も、慣れた反応なので特にそれ以上何も言うことはなかった。
カラになったお盆を手に小松はスッと腰を下ろす。
「ボク、結婚することになりました」
にこり、と、いつもの人懐っこい笑顔で一息に告げられる。
何のことはないような、まるで明日の朝食のメニューでも言うような口調に、サニーも、そしてトリコも「へー」「ほー」程度の反応だった。
最初は。
まずトリコが動かしたままだった手を止める。
口の中には咀嚼予定だった料理が頬いっぱいに詰められたままだが、そのはしたなさを今ここで言及する人物はいない。
やがてサニーが、反応した。
いや、気を失っていたのが我に返った。あるいは現実に引き戻された、と言うべきなのかもしれない。
その反応は、顕著だった。
ブーーーーー!!!!
「きたねぇ!!」
「に”ゃー! い、いきなりどうしたんですか、サニーさん!」
一息入れるために茶を飲んでいたのが、まだ良かったのかもしれない。
ただ、まあ、口の中のものを驚きのあまり吹き出す、などという彼にとって「美しくない」行為の上位陣に上げられるような反応をするくらい、サニーは驚いていた。
トリコのツッコミにも、小松の驚きにも、数秒間ほど反応が出来なかった。
お茶まみれになった顔半分を拭うことも出来ず(小松が、その反応が新鮮というか、見たこともない状況なのでおたおたしている)しばらく呆然としたあと、緩慢な瞬きを繰り返し、ようやく、瞳に光が戻る。
「見るなしーーーーーー!!」
「まず反応そこですか!」
「落ち着けサニー! 闇雲に触覚で払うんじゃねぇよ、しかも全力で!!」
我に返ったサニーはしばらくパニックになっていた。
それを何とか落ちつかせるために、その場は騒然となった。
(しばらくおまちください)
「……大丈夫ですか、サニーさん?」
「………ん」
心なしかうなだれているサニーに小松が心配そうに声を掛ける。
サニーは、しょんぼりと肩を落として部屋の隅っこでいじけていた。
さすがに茶を吹き出して、その姿を他人に見られるなどという醜態が心にダメージを残したらしかった。
タオルを手渡し、ポンポンと背中を叩かれているサニーを横目に、トリコもどうにか恐慌状態から立ち直ったらしい。しばらく二人の様子を無言で眺めていたのだが、疑問に思っていたことを口にする。
「…てゆか、小松」
「はい?」
声をかけられて小松がサニーから視線を離し、トリコを見上げて首を傾げる。
「今、お前、その…なんてった?」
結婚するとかどうとか聞こえたような、と言葉を濁したのは普段の彼からは考えられないほどの不明瞭さを含む声だった。
しかしその疑問に小松は、「なんだそのことですか」と明るく笑う。
「はい、ボク、結婚することになりました!」
にっこりと、満面の笑顔だった。
聞き間違いの類ではないらしい。
「…マジで?」
「はい、マジで」
「……前、んな相手いたのか?」
「うーん…それは、なんていうんでしょう……」
結婚相手にするような付き合いがある人間がいたのか、という疑問に対しては、小松は少しだけ言いにくそうに語尾を濁した。
ポリポリと頬をかいて顔を赤らめて照れくさそうに、はにかむ。
「あはは、実はそんな素振りっていうか、関係も全然なかったんですよね」
「……え」
「てことは……えと、」
これは俗に言う「電撃入籍」とかいう類のものではないのだろうか、という疑問がトリコとサニーの両者の脳裏に過ぎる。
…そのときだった。
あまりの衝撃に彼らは失念していた。
と、いうかすっかりその存在を忘れ去っていた。
ごとり、と何か重たいものが床の上を転がる音が部屋に響く。
それはその場にいた誰のものでもない…『第三者』のものであり、その物音にトリコとサニーがビクリ! と体を竦ませる。
あんまり確認したくない。しかしながら背後から伝わるオーラは無視するには重苦しく、いつまでも現実から目をそらすわけにもいかないので意を決して、ほぼ二人同時に振り返る。
「あ、ココさん、おかえりなさい」
トリコとサニーの反応に気づかず、小松は部屋に帰ってきたその相手を笑顔で出迎える。
部屋の戸口では、片手に食材をいっぱいにしたビニール袋を下げたココが立っていた。
料理の追加買い出しに出かけていたのだ。
ココは、小松の声にも反応しない。
(どこから聞いてた…って、聞かなくてもわかるよな、あれだと…)
(重い……も、重すぎる…)
ダラダラと冷や汗を流す四天王たちを後目に、小松は腰を浮かせてココの元へと向かおうとした。
そう、向かおうと「した」のである。それは、他ならぬココ自身の次の発言によって止められることになる。
「……………おとうさんは許しませんよ!!!」
「いきなりダメだしされた!?」
「いつからお前、小松の父親になったよ!?」
「いくらなんでもテンパリすぎだし!!」
ようやく我に返った(と、思われる)ココが発した言葉に、その場にいた全員がツッコンだのだった。
「カッとなって言った。今は反省している」