「ただいま戻りましたー」
「おう、早かったな」
呑気な声とともに玄関のドアが開け放たれる。
弟子の帰還に作業を中断させることなく手元に視線を落としたまま、与作が声を返した。
「ま、今回は割と楽でしたよ。動物のほうもすぐに見つかりましたから」
「保護するべき動物がすぐ見つかるのはどうかと思うがな」
「運が良かったのと、オレの実力ってことで」
「言ってろ、ひよっこ」
会話の内容は近所に買い物に出かけたような調子で行われているのだが、その道中距離は『近所』と呼べる代物ではない。
それでも苦にした様子もなく鉄平は、外出用の服から私服へと着替えをすませていく。
「あ、そうだ」
そこで何かを思い出したかのように鉄平が、ぽん、と軽く手を叩く。
「師匠ー」、と何とも気の抜けた声で呼ばれて、与作が惰性で返事をする。
「なんだー」
「オレ、結婚することにしたから」
………………………?
「……なんだって?」
「だから、結婚することにしたから」
…………冗談の類ではないらしい。
振り返ることはなくとも雰囲気と、鉄平の空気でそれが嘘やでまかせの類ではなく、ただの「事実」として告げられていることが伝わってくる。
「お前、そんな付き合いしてるヤツがいたのか」
「んー」
しかしながら、与作の疑問に鉄平は首を傾げている。
何とも言えない複雑な、それでいて説明がめんどくさそうな呑気な顔をしているのだが、やはり与作自身が顔を上げることはなかった。
一応、手元の作業が目を離せない段階にあったせいなのだが、鉄平も慣れたものなのでそのまま話を続けてしまう。
「んー…………説明がめんどくさい!」
「めんどくさがるな」
「じゃあ、こう、ビビッと来たっていうか」
「お前はどこぞの電撃入籍発表する女優と同じか」
まあ、それも良い! 、と与作はどこか楽しげだ。
普通。
と、いうかもし、ここに鉄平と与作以外の誰か第三者がいたのであれば「そこはもうちょっとツッコみませんか?」と忠告したのかもしれない。
しかしながら残念なことに、ここには二人しかおらず、忠告を与えてくれるような人材はいなかった。
「しかし、お前が嫁をなぁ」
「まぁね。ジャンケンでなんとか嫁に来てくれることになったから」
…ジャンケン、で?
何やら不吉というか、普通ではありえない単語が飛び交ったのだが、やはりツッコミを加える人材はいない。
その発言者でもある鉄平は、何やら、うんうんと感慨深げに頷いている。
「三回勝負で、一勝一敗に持ち込まれたときはさすがに嫁に行く決意をしようかと思ったけど、なんとか勝てて良かった」
「そうか」
「はい」
「今度連れて来い。顔が見たい」
「挨拶はしたいって言ってましたけど、仕事が今、ちょうどイベントシーズンで忙しいらしくて来るのはもう少し落ちついてからになりますよ」
「わかった」
そうしてツッコミ不在のまま、話は締められてしまう。
細かいことを気にしない。
あるいは、型破りすぎる会話に後日、真実が告げられることになるのだけれど。
真実と見解は、別ものというお話。