小松は、人に手ずから食事を振る舞うのが好きだ。
 
 職業病か、と笑われてしまうだろうが仕方ない。
 友人、あるいは気を許した仲間達に自らの料理を振る舞い、あるいは「おいしい」と言ってもらうのは掛け値なしに嬉しい。
 (おいしい、と言ってもらえるように日々精進もしているのだ。正当な称賛は、あってしかるべきものだろう。
  そもそも振る舞った料理を美味しそうに食べ、それを「おいしい」と言ってもらえれば嫌な気分になる人間などいるはずがない)

 だから大抵の場合、小松は人に料理を御馳走することを苦にしない。
 自宅に招けば当たり前のようにその腕を奮うし、それが誰かの家でも同じことだった。

「あ、美味しい」
「そうですか、よかったー。口にあったようで」
「これを不味いなんて言うヤツがいたら味覚障害だと思うよ」
「だってほら、味噌とかこだわりある人ってたまにいるじゃないですか」
「美味いものを前にそんな小さいことにこだわる輩がおかしい」
「えー」

 今もそうだ。
 朝である。
 小松が暮らしているアパートのリビングで朝ご飯のひとつでもある味噌汁の匂いが鼻腔を擽っている。
 そして小松が正座している机と向かい合わせにして座っているのは、鉄平だった。
 「うん、こっちのだし巻き卵もうまい」などと言いながら、もぐもぐと咀嚼している様子を小松は笑いながら見ていた。
 昨夜、ふらりと小松の自宅にやって来た鉄平は「遊びに来たよー」と軽い調子で突然の訪問の理由を語った。
 …まあ、「突撃! となりの晩ご飯」のごとく友人知人が自宅にやってくることはたまにあるので、小松も休日中だったこともあり、断ることもなく招き入れることにしたのだ。
 (最近、鉄平といわず、その回数が増えているのだが小松は割と気にしていない)

 そして今は、その翌日。
 新米で炊きあげた白いご飯。
 大根と菜っ葉、それから揚げ出し豆腐を入れた味噌汁。
 ふわふわのだし巻き卵。
 銀だらのソテー。
 それから旬の野菜を使った浅漬けを数種類並べられた食卓に、鉄平はご満悦のようだった。
 止まらない箸を見るのは、作った本人としても悪い気はしない。

「…もしかして、味噌汁の出汁変えた?」

 半分ほど味噌汁を口にしたところで、はた、とそのことに気づいた鉄平が疑問を口にする。
 その疑問に小松は、ええ、と軽く頷いた。

「鰹節をちょっと変えてみたんです。でもよくわかりましたね」
「そりゃあね」
「…再生屋なのに?」

 ことり、と首を傾げる小松に、鉄平は(行儀悪く)箸を宙で左右に振ってみせる。

「食材を守るには、食材の味も知っていて然るべきだろ?」
「……そういうもんですか?」
「そういうものなの」

 うんうんと鉄平は頷いているのだが、小松は少しだけわけがわからない、と言ったふうに何度も瞬きを繰り返している。
 けれど、ここで更なる疑問をぶつけたところで意味がないのがわかっているので、「はぁ」とだけ言って自分も食事を再開させた。

「んー、でもほんとにオレ好みの味。ねぇ、小松くん」
「はい」
「オレんとこに嫁に来ない?」

 ぴた、
 動いていた箸が、止まる。
 数秒間ほど、何の音もしないような沈黙が続き、それから、小松はスッと顔を上げた。
 真っ直ぐに鉄平を見上げる目が、何度か瞬きを繰り返す。

「はい?」
「だから、オレんとこに嫁においで」
「……はぁ、」
「『はぁ』、って気のない返事だ」
「だって、嫁ですよね? ボク、男ですよ?」
「じゃあオレが嫁でもいいし」
「……えー」

 何とも渋い顔をして小松が眉を顰める。
 嫁、という単語に何か不吉なものを連想したようだが、このさい彼の脳内の映像を表現しないほうがいいだろう。
 そのほうが建設的というものだ。
 そもそも、その映像は小松の表情から予測して然るべきものであろう。

 つまり、見えないほうが幸せである、ということ。

「……しあわせにするよ?」
「まあ、それが最低条件ですけどね」

 はぁ、と再び小松が息を吐く。
 顔を上げたまま、顰められた眉が元に戻り、少しだけ困ったみたいな、それでいてふんわりと笑うような、不思議な表情を形作る。

「まずは、どっちが嫁かはっきりさせてからにしましょうか」
「あ、そこが問題なんだ」

 ツッコミが不在という、異常事態。






何もかもが一足飛び