普通、人の家に遊びに来たのなら…それが、始めて来た場所なら、もっと緊張のひとつでもするものだと思う。
 たとえばそれが気心の知れた友人同士の間柄の相手だとしても、人間というのは始めての場所、あるいは来たことのない場所というのに、少しくらいは警戒心というか、そういうある種の緊張感を持つものだ。
 それが生存本能に根付いた、当たり前の反応であるはず。
 そう、そのはず、なのだ。

「……なのに、なんで寝てるのかなぁ」

 腰を屈めた鉄平の視線の先。
 住んでいる住人のサイズに合わせたこともあって一般的なものに比べて割と広めに誂えてあるソファの上で小松は健やかな寝息を立てて眠っていた。
 しかも横になって、である。
 本人を目の前にして口にすれば絶対に怒られる類の、いわゆるコンパクトサイズの小松にとってソファはほぼベットサイズといった具合だったのだろう。多少手狭なところはあっても、楽に横になれるサイズだ。
 そのあたりは納得はできる。
 納得は出来ても、普通、始めて来た場所というのはもう少しくらい緊張しないものかと鉄平はそんなことを思いながら、目の前ですーぴこと気持ちよさそうに寝ている小松を見る。

「疲れてるのか」

 ぽつりとそんな予想をたてて呟いてみる。
 休みが取れたついでに、と小松がこの鉄平と与作の暮らしている家へと遊びに来ることになったのは、多分、横になっている小松の腕のなかで一緒になって眠っているユンユンのこともあってだろう。
 ひとしきり楽しそうに遊んだあと、両者はそのまま昼寝へと移行してしまい、鉄平は置いてけぼりだ。
 そのことを別に僻んでいるわけではない。けして。

「…でも、ちょっとくらい家主に気を配ってもいいと思うんだけど」

 ボーッとそんな両者を見比べてみる。
 何をするわけでもなく見つめているだけ。もし、用事があって出かけている与作が今のこの状況を見たら何を言うかわかったものではないが、そんなことはお構いなしに、鉄平は小松とユンユンを見下ろしていた。

 ……くしゅん

「あ」

 ちいさなくしゃみが静かな場に響く。
 それは鉄平のものではなく、眠っている小松がしたものだった。
 見ればTシャツの半身をもぞもぞもと動かして、腕の中にいるユンユンで暖を取ろうと眠ったまま体を無意識に動かしているのがわかる。
 
 ここのところ、雨続きなせいもあって初夏になるはずなのに空気はどことなく冷えている。
 寒い、と思うほどではないものの、ふとした拍子にその寒さを感じるのだ。

「…………」

 そんな様子を眺めていた鉄平は、何となく首を巡らせたあと、部屋の片隅にあったユンユンが寝床につかっている小さめのブランケットに手を伸ばす。
 やわらかな肌触りのそれは、小松がユンユンに買い与えたものでもある。

 本人曰く、ふわふかもこもこで気持ちいいんですよ、だそうだ。

 安価な値段にしては確かに肌触りはそれなりに良い。
 ブランケットを宙で広げると、そこには若い女性か、あるいはこどもが気に入りそうな何とも気の抜けたくまのキャラのプリントがあって、それを目にしただけで体の力が抜けていくような気がしてしまう。
 ぷ、と鉄平が少しだけ吹き出したのと同時に、そのブランケットが小松の半身にかけられた。
 
 小松は目を醒ますことはなかったが、かわりにユンユンがぱちり、とその小さな目を開ける。
 寝ぼけ眼が幾度か瞬きを繰り返し、それから鉄平のほうを見上げていた。
 ユン、と小さな声で鳴く声に、鉄平は人差し指を唇にあてて、しぃ、と声を立てた。

「いいから寝てなよ。まだ眠いんだろう?」

 言葉が伝わったのかどうかはわからない。
 それでも鉄平の言葉を聞いてなのかどうかは判別が出来ないが、ユンユンはその姿を少しだけジィッと見つめたあと、安心したかのようにまた小松の腕のなかに体を横たえた。
 静かな寝息が空気を微かに揺らす。
 今更、彼らを起こす気にもなれず、鉄平はそっと音を立てないようにソファのすぐ側に腰を下ろしてみる。
 視線を滑らせると、先ほどよりもすぐ近くに小松の寝顔があった。
 気持ちよさそうに眠っている。
 小さく上下する肩。
 静かな寝息を漏らす唇。
 目を閉じていると尚更、年齢よりも余程年下に見えた。
 腕の中にいるユンユンと、そして掛けているブランケットがあれば尚更だった。
 再度、ぷ、と鉄平が吹き出してしまう。今度はその笑いの衝動は中々引っ込まなかった。
 堪えるのに苦労しながらも音を立てないように注意して、声が出てしまいそうな口を自分の手で塞ぐ。

 震える視界のそのなかで、やわらかな光の反射だけがまるで停止したかのような室内を照らしだしているのが目に見えた。






「で。このあとはどうしたんですか?」
「自身もいつの間にか
てしまったようで、目を覚ましたときに小松とユンユンに覗き込まれてたそうですよ」
「……叫んだんですね」
「ええ、そりゃあもう派手に」