悪の魔法使いとはなんですか?
−人々に害悪、あるいは災厄のみを与える存在のことです。
『Paradise Lost』 <7>
「ねー、そんなことよりも小松、何かない?」
ボクお腹へっちゃって、と笑うトミーの顔に悪意はない。
悪意はないが、客人としては礼儀も何もない図々しい態度にスタージュンが仮面の下で微かに眉を顰める。
グリンパーチのほうはと言えば、何を言ったところで無駄なのだということがわかっているのか、我関せずでのんびりと茶を啜っている。
そして、家主である小松もそんな客人の態度には慣れたものだった。
「あり合わせなものでよければ」
「ん、よろしくね」
ひらりとトミーは手を振って合意を示す。
ありあわせ、と小松は言うのだが、その料理の腕はこの場にいる全員が認めるほどのものだ。
何が出てくるかなーと笑うトミーを一瞥し、既に注意することを放棄したスタージュンが掛けていた椅子から立ち上がる。そのまま流れるような動作で、キッチンに立つ小松の横へと滑るようにして立った。
自分の横に立つ気配に気がついた小松が顔を上げるのとほぼ同時に、スタージュンが並べられている食材のひとつに手を伸ばす。
小松を手伝うという無言の意志表現でもあった。
スタージュンは、というかここにいるグリンパーチもトミーも、料理の腕は人並み以上だ。魔法使いだが。
ただ、何の前触れもなくやって来るとはいっても、一応、曲がりなりも、客人であるのだ。なので、小松も客人に料理を手伝わせてしまうのは若干の抵抗がある。今だってそうだ。
ただ、
「ありがとうございます、あの…その野菜を切ってもらってもいいですか?」
「切り方は」
「お任せします」
どんなのでもいいですから、と笑いながら言う小松に、ちら、と視線を送ってからスタージュンはキッチンの壁に下げられていた幾つかの料理包丁の中から、野菜用のものを手にとって手早く野菜たちを一口大にカットしていく。
…ただ、既に遠慮しても無駄だということは小松も十分にわかっていたので、小松も慣れた様子で自分の作業を進めていく。
そんな二人の様子を見つめながら、グリンパーチが机の上に置いてある木苺の山の上のひとつに手を伸ばす。
「しかしな〜…そんな面倒なことをしなくても、魔法を使えばすぐに出来るだろう」
こんなふうに、とでも言うようにグリンパーチの手の上で、一つだった木苺が見る間に掌いっぱいになるまで増殖する。
その声に小松が振り返り、グリンパーチの掌からボロボロと落ちていく木苺を見て、僅かに苦笑してしまう。
「手作りのほうが美味しいんですよー…それに、魔法を使っちゃうと、素材の味って何だか薄くなっちゃいません?」
「微々たるものだろ〜?」
「小松は量より質なんだよ。お前と違ってね。
まあ、美味しいものをくれるから、ボクとしては小松の言い分を指示するよー」
カラカラと笑うトミーに小松は思わず苦笑をこぼし、グリンパーチは「そういうものかぁ」と呟いてから掌の上の木苺を一口に食べてしまう。
スタージュンは会話には入って来ず、黙々と必要分の野菜の下準備を終え、次に必要と思われる鍋にいれる水を調達するために、魔法を使おうとしていたのだった。
□
そんなふうに会話を交わしながらも、料理を作り終え、一同はテーブルについて食事を始める。
春野菜のスープ。
山菜と鶏肉を使ったサラダ。
クルミ入りのパン。
思い思いにそれらを手にとっていく。
「……やっぱり小松の料理はいいなぁ。このパンもそうだけど、ジャムも美味しいし」
「お粗末様です」
「粗末じゃないよー」
モグモグと食べ進めていくトミーは上機嫌な様子だ。
得意な料理で褒められて小松も悪い気はしないのか、照れくさそうに笑って頬をかく。
グリンパーチもスタージュンも、言葉はないが食べ進める手を止める様子はないため料理を気に入ってくれているのだろう。
その様子を嬉しそうに見ていた小松だったが、そこではた、と我に返った。
「そういえば」
「うん」
「おぅ」
「どうした」
「…あの、今日は何の用事でここにいらしたんですか?」
ぴた、と。
小松をのぞいた3人の手が、一瞬だけ止まる。
すぐに動きを再開したもののその反応を小松は見逃さなかった。
「……もしかして、」
「お前の料理を久しぶりに口にしたかった」
「スタージュンさん。思ってもいないことで無理に話題を逸らさなくてもいいですから」
小松はすぐに切り返したのだが、胸の内でスタージュンは少しだけ、何となく不服そうに目を細める。
その僅かな反応に小松をのぞいた二人は気がついたが言及することはなかった。
そもそも、言ったところで小松が信じるわけはないのだし。
「でも久しぶりに食べたかったっていうのは、本音のひとつかもね」
「何しろ、オレたちの居城にはこんな素朴なものは存在していないからなぁ…まあ、建前は別にある」
そこまで言われたところで、小松は彼らが何を目的としてここにやって来たのかということに気がついた。
目が何度も瞬きを繰り返し、それから困ったように苦笑を浮かべてしまう。
「…何度来られても、答えは変わりませんよ…?」
すまなそうに眉を寄せる表情であるものの、小松の意思は堅そうだった。
そんな小松の様子は既に想定済みだったのだろう。「だよねー」と軽い調子でトミーが言葉を返しながら、サラダにフォークを突き刺す。
「小松がこれでもかっていうくらい頑固なの、<料理長>はわかってないんだよ」
「トミー」
「まあ、めげないおかげでオレたちはお前を誘うという大義名分で、こうして食事にありつけるわけだけどなぁ」
「……すみません」
口ではそうは言うものの、小松の意思は変わらない。
…それを、長い付き合いになっている3人もわかっているようで、小松が気に病むことがないようにと軽く謝罪を流してしまう。
けれど、『今回』は少しだけ趣が違っていた。
静かに事の成り行きを見つめていたスタージュンが、口にしていたティーカップをソーサーにかちゃん、と下ろす。
普段なら音も立てずに下ろすのだが、それは自分を注視させるためのものであったのだ。案の定、珍しい音を耳にした小松が、スタージュンのほうへと振り返りながら彼の顔を仰ぎ見る。
「……どうしてもか」
仮面のせいもあってその表情を悉に見ることは出来ない。
それでも小松はそこに何かを見たのか、けれどあえてそれをおくびにも出さずに首を横に振ってしまう。
「どうしても、です」
静かな声だった。
けれどもう、誰にも代えることのできない鋼の意志で固められた決意によるものでもあった。
しばしその場に沈黙が流れる。
ゆるやかに流れる時間のなか、窓の外から聞こえる鳥の声がやけに鮮明に聞こえてきていた。
わるい魔法使いとはなんですか?
−それは、
<つづく>