恋をしたことがなかった。
 ……けれど、恋をした。

 同時に、運命というものがあるのだということも知った。
 運命という言葉が相応しくないのなら、天命。
 あるいは、神の采配。
 
 だって、それを体現したかのような二人が目の前にいたのだから。

「心配、しないの?」
『はい?』

 電話口で素っ頓狂な声を上げてしばし沈黙が過ぎる。
 受話器の電波越しで姿を視認することが出来なくても、その先で小松が大きな目をさらに大きく丸くしてビックリしている様子が思い浮かぶ。

「トリコのこと」

 なんとなく。
 そう、なんとなくトリコのことが話題に出て、聞いてみたのだ。
 トリコが片腕を無くしたときのこと、なんかを含めて。
 結構な大ごとのはずなのに、思い返してみれば(非常に切羽詰まった状況下にいた、ということを差し引いても)小松はあまり…そう、常の彼からは思い浮かばないほどに驚いていなかったように思う。
 それをなんとなく疑問に思って聞いてみたのだ。

 トリコのことを、心配しないのかと。

『……あー、心配は心配でしたよ』

 淡く苦笑の声を立てながら、でも、と小松は呟く。

『トリコさんなら、大丈夫だって思っちゃうんですよね』
「…トリコなら」
『どんな状況でも、あのひとなら何とかしちゃいそうじゃないですか』

 実際今までもそうだったですしね、と明るく笑い声に迷いはない。
 
 それが、とんでもないほどのものだということを小松は知ってるのだろうか?

 だってそれは、信頼なんかじゃない。
 信頼など生易しい。
 信じているんじゃない。
 小松は、トリコならどんな困難をも『どうにかしてしまう』と確信しているのだ。
 そこに迷いが入る余地はなく、そのことに疑問の余地を浮かべるということさえない。

「そうなの?」
『そうなんですよー』

 当たり前のこととして受け入れているという、こと。

「そっか」
『……鉄平さん?』

 余地さえ、隙間さえないほどに。

『鉄平さん、どうかしたんですか?』
「…ん」

 なんでもないよ、と答える声のなんて嘘くささ。






運命、天命、天の采配。言葉は数あれど、人はよく言ったものです」
「昔の偉いひとは言いました。そんなことを言うのは、人間くらいのものだとも」