きみのつまさきのさきのさきまで すきだよ
「………なにしてるの?」
「ぅにゃぁ!」
後ろからひょっこりと顔を出して覗き込みながら鉄平が声をかけると、気配に気づいていなかったのか小松は体全体をビクン! と大きく竦ませ、悲鳴のような声まで上げて驚いていた。
その表紙に手にしていた本が手元から落ちてしまう。
ぱさ、と落ちた本…絵本だった…に目を落とし、あわわと何やらもたついている小松より先んじて鉄平がそれを拾い上げる。
ユン? と、いつものとぼけた声が空気を揺らした。
「……絵本」
「…あー……」
鉄平は手元にある絵本を興味深そうに眺めている。
何やらバツの悪そうな顔をした小松だったが、膝の上に抱いたユンユンを抱き直してやりながら、鉄平のほうへと顔を上げた。
「はい、絵本です」
「…どうしてまた」
鉄平の疑問符はもっともな話だった。
絵本は、少なくともウォールペンギンが見ても理解できるようなものではないだろう。
そんな無言の問いかけに小松は少しだけ困ったように眉を下げて頬をかいた。
「その、なんていうか……情操教育、でしょうか」
言葉を濁した挙げ句、頭のなかで何かを考えての自分のしたいことをあえて隠すための物言いだった。
それに気づけないほど、鉄平は鈍いわけではない。
おそらく、親のいないウォールペンギンに『親』がする何かを与えたかったのだろう。
それは多分、人間の欺瞞だ。偽善にも等しい。
何かしてやりたい、だなんて。
そのために人間の子どもと同じように絵本を読み聞かせるだなんて、そんな、自己満足を、
「…………ふぅ、ん」
小さく息を吐くように判別の尽きがたい声を出しながら、鉄平は小松のすぐ横にどかりと腰を下ろす。
何か言われるだろうと少しだけ身構えていた小松はと言えば、きょとん、として鉄平のほうを見つめていた。
大きな丸い瞳に鉄平は持っていた絵本を差し出しながら口を開く。
「絵本」
「……」
「つづき、読んでやらないと。ユンユンも待ってるみたいだし」
…自己満足だと、切り捨てることは出来なかった。
だって、当のウォールペンギンは小松の膝の上に大人しく収まって、ユーンユーン、と鉄平のほうに絵本を返してくれ、とせがむような仕草をして見せているのだから。
大切なのは、自分のために心を寄せている相手が「なにか」をしてくれるという、実感。
あたたかな気遣い。
理解できないとか、理解できるとかそういうレベルの話ではなくて、自分のために大好きな相手が側にいて、一緒に過ごしていてくれるという事実のほうが大切なのだ。
「………へ、変じゃない、ですか?」
「ん、変と言えば変だ」
「うわぁ、容赦ないですねー…」
「事実だから仕方ない」
それにもしかしたら、
絵本を見るのが楽しいと、ユンユン自身が感じているかもしれないのだから。
予測をつけて好き勝手に断定してしまうのは簡単なことだ。
けれど、そんなものが無意味だと思うくらいに、今、目の前に確かな関係が横たわっている。
小松は苦笑いを浮かべながらも差し出された絵本を改めて受け取った。
待ちかねたユンユンの目の前で先ほどまで読んでいたページを開いてみせる。
そのまま、ゆっくりと口を開いた。
しばらく小松の声だけが緩やかに鼓膜を揺らす。
いつもは鳴き声を上げるはずのユンユンも、心なしか嬉しそうに小松の声に聞き入っているようだった。
あとは時折、ページをめくる音が聞こえるだけ。
鉄平はそれをただジッと眺めていた。
邪魔するわけでもなく、かといって声をかけたりもしない。横にいて、静かにその光景に視線を落とすだけ。
それはまるで、そこだけで空間が終わったような、そんな錯覚を連れてくるようで、
「まだあんまり意識はしていないそうです」
「これで?」