目を醒ますと、そこに小松がいた。
覚醒に向かいながらも、意識を取り戻した直後のせいもあってかとろとろとした何とも言えない浮遊感のような感覚が残っている。
ぼんやりとした意識のまま誘われるように、トリコは小松のほうへ手を伸ばしていく。
手の先の小松はトリコのすぐ側で横になったまま、小さな寝息をたてて眠っていた。
指先が柔らかな曲線を描いている頬をなぞる。
伝わってくる暖かさはほんのりと、まるで小さな火が灯るようなものでその暖かさに自然とトリコは唇の端を緩めてしまう。
小松はいつものうるささなど嘘のように静かに眠っていた。
あの夜から、幾日かが過ぎていた。
結局、トリコの答えを口にすることはなかった。
それでも小松も何も言わず、答えを求めるようなこともない。
最初に言ったとおり、彼は本当にトリコに何の答えも求めようとしないのだ。
それがトリコは何となく歯がゆく思えてしまうのだが、逆に、答えなど口にしなくていいような、そんな感覚も胸の内には確かにあった。
触れる指先が何度も熱を確かめる。
「……答えなんてのは、最初っから決まってたのかもな」
誰ともなしにそんなことをトリコは呟く。
その声は空気に静かに溶けて、解けていく。
答えを、
それは改めて出すようなものではなく、最初から目の前に転がっていたのかもしれない、とトリコは思う。
灯台もと暗しではないが、すでにあるものをあると気づかずにいたのだろう。
答えを出せないのも当たり前だ。
改めて出すことなどできないし、それは既に出しているのだから心が『もういいだろう』と判断するのも仕方ない。
…まあ、なんとも回りくどいことをしたものだと、トリコは自分自身の空回りぶりに呆れ果てることになるのだが、それはまあ人間なら仕方ないというもの。
ため息をつき、明後日のほうへと視線を流す。
朝の光が室内にふわりと、浮かび上がる。
「…ん……」
そのときだった。
空気を緩やかに震わせて小松の声が響く。
その声に惹かれるようにしてトリコが視線を落とすと、触れたままだった指先のその先で、小松がもぞもぞと動きだそうとしていた。
閉じられたままの瞼が動き、表情が変わっていく。
そうして緩やかに覚醒へと向かう。
ぼう、とした目が、虚空を見つめているのがわかった。
「よ」
起きたか、と軽い調子でトリコが声をかけると、まだ半ば眠りの世界に足を突っ込んでいるのか、定まらない視線で小松が顔を上げる。
自分でも何をしているのかわかっていないのかもしれない。
ただ、声をかけられたから顔を上げた。
そんな意図がわかってトリコはおかしそうに双眸を崩す。
「……あれ…? も、朝…」
どことなく舌っ足らずな口調なのは寝ぼけているせいもあるのだろう。
ごしごしと自分の顔を拭っているが、それでも完全に覚醒する様子はない。
その仕草が小さな子供を思わせて、トリコは小松の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。
「まだ寝てていいんだぜ?」
「……でも、朝ご飯…」
「あー……ま、それは追々、な」
ここで盛大に、正直すぎてしかも場所と時を選ばないトリコの腹の虫が騒ぎ出せば小松も起きたのかもしれない。だが、今朝ばかりは空気を読んだのか存在を主張するようなことはしなかった。
小松も、トリコからの許しもあってか、またうとうととし始めている。
一度は開いたはずの瞼が、何度もとろん、と閉じようとしてその度に小松が目を開けようとささやかに格闘していた。
くく、と喉の奥で笑いながら、そんな小松をトリコは腕の中に引きずり込む。
引きずり込む、と言えば聞こえは悪いが、その動作は優しいものだ。
「はぅ」
「いいから寝てろって。食事は、またあとでな」
腕の中に抱き込み、ぽんぽん、と軽く背中を叩くと小松も観念したのか、ゆっくりと頷いて瞼を閉じてしまう。
「……起きたら…」
「ん?」
「起きたら…いっぱい、作ります、ね…」
「ん」
律儀にそう伝える小松にトリコは短く頷きながら答えていた。
小松の背を叩く手を止めることもなく、その一定の間隔で叩かれる感触もあってか、小松はそのまますとん、と落ちるように眠りについてしまった。
静かな寝息がトリコの耳に聞こえてきたところで、彼は満足そうに笑う。
「おう」
起きたらたらふく食わせてくれよ?
そんな、もう聞こえていないだろう小松に向けてそう言って、起きたあとで出てくる料理の数々を思い浮かべ、トリコは緩む頬を止めることができなくなっていた。
答えは、出さなくていい。
改めて出さなくても、伝わるものだってある。
「けどな、」
それでも、
「伝えたいっていうのも、人間なら当たり前なんだよなぁ…」
とりあえずこの胸のうちをどう言えば小松に最も伝わるのかを想像しながら、トリコも瞼を閉じる。
眠るようなことはせず、ただ瞼の裏の暗闇のなかで、側にある暖かな体温を感じていた。
さぁ、お前が目を覚ましたら、どうしてくれようか?
恋をしていく。−「答えは最初から自分の側にあって、だから言わなくてもいいのだけど、伝えたいと思うのも本当なんですよね」−