とある麗らかな昼下がり。
 冬とは言え、陽がさしていればある程度は暖かく感じられる。
 そして何よりも、背もたれに使っている暖かな体温と体毛の持ち主がいれば風よけにもなってウトウトとしてしまうのは当然のことだった。

「あれ、小松さん、寝ちゃってるし?」

 こっくり、こっくりと断続的にゆっくりと船を漕いで頭を揺らしている小松の元へ、小声で話しかけながらリンがやって来る。
 その声に半ば意識を手放しかけている小松が気付くことはなかったが、代わりにテリーが気怠そうに顔を上げた。
 ちなみに小松が背もたれにして『しまっている』のはバトルウルフであり、最もぬくぬくしていそうな腹を背に、両手足にくるまれて大変暖かそうな恰好をしている。
 その様子に、リンはぷすっと軽く吹き出した。

「なんだかテリーのほうが世話してるみたいだし」

 なんて言うのだろう。
 子供を抱いている、と言えば伝わるのだろうか?
 吹き出す音にテリーは耳を軽くパタパタと動かすが、鳴いたりする様子はない。

「あ、ウチも小松さん起こしたりしないから安心していーし」

 ただテリーの静かな視線に、「悪戯するつもりなのか?」という無言のプレッシャーを感じられてリンが楽しげに否定する。
 ちなみに、リンの兄であるサニーがこれを見つけたのであれば、絶対いらぬ悪戯を仕掛けていたはずだ。

「見つけたのがウチで良かったね」

 その場合、きっとテリーとサニーの間で闘争が勃発していただろうことは目に見えてわかる。
 一人、想像を巡らせ深く頷くリンにテリーは目を細めた。
 表情はわかりづらいが同意してくれているのだろうと勝手に予測して、リンは小松の寝顔を改めて見る。
 目を閉じていると、幼さがよりいっそう際だって見える。
 丸い頬は触ったらきっとぷにっとしているのだろうが、触るとテリーの威嚇が始まりそうなのでリンはグッと我慢した。

 ただ。

 ただ、リンもまた、サニーと当たり前なのだが血縁関係にあり、彼女と彼の間には似通った部分があるのだ。
 しあわせそうな寝顔を見ていたリンが、何かを思いついたように、あ、と呟く。
 それからにんまりと意地悪そうに笑ったリンの顔を見たテリーが少しだけ尻尾を振った。
 何をするつもりなのだ、と聞かれているような。

「だいじょーぶ。小松さんを起こしたりはしないし!」

 それからリンは手近に咲いていた花の茎へと、手を伸ばしたのだった。





 うとうととしていた小松は、不意に目を覚ました。
 何度も瞬きを繰り返し、それから意識がぼんやりと表面へ浮かび上がっていく浮遊感にも似た覚醒を感じる。
 ゆっくりと呼吸を深くすると、後ろからリンの声が聞こえてきた。

「小松さん、おはよー」
「……リンさん?」

 寝ぼけた頭でゆっくりと振り返ると、リンが笑顔でそこにいる。

「よく寝てたし。でも、テリーが番してくれなかったら風邪引いちゃうよ?」
「テリー……? あ、ごめん」

 指摘されてようやく小松は自分がテリーの体を背もたれにしていたことに気付く。
 慌てて寄りかかっていた体を起こすと、テリーがクゥ、と小さく鳴いた。
 気にするな、とも、これからは気をつけろ、とも言ってくれているような気がして、小松は苦笑いを浮かべる。
 しかし、そこで振り向いた小松は、テリーの視線に妙な感情が含まれているのを感じた。
 なんて言えばいいのだろう?
 同情されているような、そんな、感じ?
 だがなぜそんな目を向けられなければいけないのかがわからず、小松は首を傾げる。
 その瞬間、リンがくすっと笑い声をたてた。

「リンさん?」
「あ、気にしないでいーし」

 気にしないでくれと言うには、リンの視線もなぜか生暖かい。
 よだれでもついているのかなぁ、と思いながら小松は自分の顔を拭った。
 それでもテリーとリンの視線は変わらない。
 いよいよ訳がわからなくなった小松の耳に、遠くのほうから狩りから戻ったらしいトリコたちの声が聞こえてきた。

「トリコさんたちだ」
「獲物、捕まえてきたみたいだね」
「はい。うわぁ、ここから見ても大きいなぁ…」
「小松さん、料理、楽しみにしてるし!」
「はい!」

 任せてください! と大きな声で答える小松は、どうやら珍しいグルメ食材のほうに気を奪われてしまったようで、先ほどまでの違和感をすっかり忘れているようだった。
 勢いよく起き上がり、トリコたちのほうへ小松が走り寄っていく。

 ひらり、と花片が、落ちてきた。

 風に踊る花片を眺めて、リンは堪えきれずに吹き出した。
 テリーは少しだけ気の毒そうに目を細めたが、走り出した小松を止める術はもうない。

「小松さん、気付いてないし!」

 ほんっと、かわいーし! と、悪戯が成功して上機嫌のリンの笑顔は明るい。
 
 しばらくして、トリコとサニーの大爆笑と、普段なら聞くことさえ珍しいココのプゥー! と勢いよく噴出する音が聞こえてきて、リンはケラケラと笑い出したのだった。
 視線の先で事の次第(悪戯)に気がついた小松の悲鳴を耳にしたテリーが、実に人間くさい動作で深い溜息をつく。



 まったく、いい大人のくせに悪戯好きすぎる。



「ちょ、リンさん! なんでこんな手の込んだ悪戯なんかするんですかー!」
「ごめんごめん。だって小松さん髪に編み込んでるのに全然起きないから、途中から面白くてつい」
「リン、グッジョブ! 前にしては良い仕事したな!」
「サニーさんも悪戯を褒めないでください!」
「しっかし、見事に花まみれだよなぁ!」
「うん、よく似合ってるよ」
「トリコさんも感心しないでください! ココさんは言っている意味がわかりませんよ!!」

 ちなみに。
 リンはたくさん摘んできた花をこれでもかと言うくらいに小松の頭にさし、見事に花まみれにしたのであった。






心、とはよく言ったものですが。