小松という人物は、こと、食に関することであれば貪欲な性格をしている。
 遠慮がないというか、図々しいというか、とにかくそれに関するものであればすべて自分のものにしようとするところがある。
 普段の煩さも相俟って、小松を知る人のほとんどはその一面のみを強く印象に残してしまいがちになるのだ。

 だが、トリコや一部の人間にとって、常に受ける印象というのはまったく別のものになる。
 たとえばそう、それが食とまったく関係のないものになれば、だ。
 
 今の状況がその最たる例であろう。
 トリコが余裕をもって寝そべることが出来るほどの特注の大きなソファ(むしろ巨大な、というのが頭につく)。
 その端っこで、小松はちょこんと座っていた。
 ……確かに今、トリコも一緒に座っているのだから反対側に陣取るのは自然な動作なのかもしれない。
 しかし、小松は誰もいない時からそこにいた。
 もっと真ん中に座れとは言わないが、隅っこ。
 しかも余裕もなく、本当に隅のほうに体を預けたまま料理雑誌を広げているのだ。
 
 食とは関係のないところでは、小松はいっそ慎み深い性格をしていた。
 良く言えば遠慮がち。悪く言えば、一歩引いている、みたいな。
 普段の煩さが嘘のように、今の小松は静かなものだった。
 一定の間隔でめくられているページの端から端まで目を通し、そして次に移る。
 そこにトリコがいないかのような扱いだが、どちらかと言えば小松は邪魔しないように自らそうしているのだ。

 …その距離感が、心地よい時だってある。
 元来、トリコは自由気ままな気質で、一つの所に縛られるのを嫌う傾向がある。
 今までのハントがその良い例だろう。
 未知の食材を求めながらも、自分の気の向くままに行動する。
 だから、この、なんというか自分の好きにさせてくれる距離を保ってもらえるというのは、ありがたい時もある。

 だが、勘違いしてはいけない。
 時もある、ということだ。
 構ってほしい時だってある。
 我儘かもしれないが、トリコだって人間なのだ。多少の欲みたいなものはある。
 今もぼんやりと小松の横顔を眺めながら、こっちを向け、と思うのだが相手は気付かない。気付く気配さえ、ない。

 ……この距離感をいつか、小松に楽しいのか、と問うたことがあった。
 
 小松はその質問にきょとん、と目を丸くしたあと、少し困ったように眉を寄せて頷いた。
 トリコさんがいてくれるから、いいです。

 …殺し文句を返してくれた。
 うん、まあ、その時の照れて赤くなった頬は見ていて楽しくなった。
 嬉しくもあったし、その時はその時で納得もした。
 ただ、今思ってみれば小松は自分の質問に答えていないのだ。

 楽しいのか、という質問に。

 いいです、というのは楽しいのかという、正しい問いではない。
 感情を隠すのも、親しい相手に嘘をつくのも得意ではない小松の表情に嘘の気配は感じられなかったが、その答えは、おかしい。
 
 トリコがちらりと視線を流す。
 小松は相変わらず、こちらに振り返りもしない。
 そのことが妙に心に苛立ちを生み出すのは、自分勝手だと、言えるだろうか?



「………ぅへっ?!」

 小松の素っ頓狂な声が室内に響く。
 びっくりして体を竦ませる彼とは対照的に、トリコは少しだけ溜飲が下がった思いだった。

「と、トリコさん? どうかしたんですか?」
「別に」
「別にって……」

 言い淀む小松の視線は、なぜ、という疑問の色が宿っている。
 大きな黒い瞳を見上げながら、トリコはにぃ、と表情を緩めた。

「別に、ただ、暇だなって思ってただけだ」
「暇だったんですか?」
「ああ」

 頷いて答えるがそれでも小松の表情は晴れない。
 いや、だって、トリコの言葉では今のこの状況の説明がつかないからだ。

「……なんでボクの膝に?」
「暇だからなんか眠い」
「眠いならベットに行きましょうよ」
「大丈夫だって、このソファはオレでもうたた寝出来るように特注してあるんだから」
「…だったらせめて枕を」
「お前の膝で十分」

 そう、あの小松の素っ頓狂な声の少し前。
 トリコはおもむろに体を起きあがらせたかと思うと、小松の手を本を持たせたまま上げ、彼が疑問に思うよりも早く空いていた膝の上にごろりと頭を乗せて横になっていたのだ。
 その身軽さたるや、小松が身を固くするよりも早かった。
 ただ、小松はどうしてトリコがいきなりそんなことをしているのか理解が出来ず、首を傾げているばかり。

「持ってくるのが面倒なんですか?」
「んー」

 生返事をしながらトリコがごろりと、横になる。
 頬の下には小松の膝。
 ズボン越しとは言え、鋭敏なトリコの嗅覚が捉えるのは、常の彼の匂いだ。

「重いか?」
「聞くくらいならボクの膝を使わないでください……ん、別にいいですけど」
「そうか」

 少しだけ悪態はつくものの、基本、小松は信頼している相手には甘い。
 それはトリコだけでないというのが少し癪に障るが、まあ、今は。

 今は、目を通していた本を横に置いて、トリコの頭を撫で始めた小松の掌の感触に比べたら、どうでもいいこと。

 何も言わず、ただゆっくりと頭を滑る感触に満足そうに唇を緩め、トリコは目を閉じる。
 そんなトリコの様子を見ながら、なんだかテリーみたいだ、と小松はそんなことを思っていた。

 

 そこは、猛獣が牙を休める場所。





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