小松という青年は、基本的に礼儀正しく愛想も良くて、人なつっこいところがある。
今の若者にしては、と言われがちな昨今であるが、客商売、それも接客業の責任在る立場に若輩の身でありながらも着いていることもあり、その姿勢は同年代の者と比べても抜きんでるものがある。
そして雰囲気の柔らかさや、人好きのしそうな表情。
そんな、様々なプラス要素が相俟って、小松という青年は大抵の人に好印象を持たれるのだ。
それが恋愛云々に発展しないことも、まあ、含めるとして。
なので、彼は顔見知りともなれば大抵の人に気安く声を掛けられる存在であった。
「…………誰だ、ありゃ」
「随分と、親しいみたいだけどね」
「てゆか、オレたちと約束してんのあいつ忘れてるんじゃないだろな!」
そんな場面を今まさに四天王(-1)の面々は見せられていた。
いや、物陰から窺っている、と言ったほうがいいだろうか。
(規格外に大きい彼らが隠れられているのかという疑問は、彼らには『消命』とかなんとかの技があるので無問題。
視界に入っても気付かれなければ、認識しないのである)
彼らの視線のその先。
小松は、今まさにトリコたちが知らない人間と楽しそうに話している最中だった。
しかも同年代と思しき女性と、だ。
朗らかに談笑しているのがここまで聞こえてくる。
話の内容までは認識できないが、小松が楽しそうに話題を振り、女性がそのたびにケラケラと大きな口を開けて笑っているのだ。
傍目から見れば、親しい間柄そのものだろう。
「あれって小松の知り合い、だよな」
「少なくともホテルグルメ関係者ではなさそうだけどね……彼女は見たことないし」
「てゆか、前、そんなもの覚えてんのかよ…」
あのホテルの従業員が何人いると思ってんだと、サニーはココの発言に軽く引いた。
ココは少しムッとした表情で、失礼なヤツだな、と返す。
「彼と関係がありそうな人脈だけだよ」
それでも十分じゃねぇかとトリコは言わなかった。
面倒で言わなかったのではなく、サニーが彼よりの先に思っていたことを代弁してくれていたからだ。
そのまま言葉のやりとり、というか殴り合いが始まる前にトリコは適当なところでストップをかける。
「あいつに気付かれたらどうすんだ」
そう言われて、サニーもココもグッと出掛かった言葉を呑み込む。
「…ま、こんなとこいてもしょうがねぇから、ちょっと近づこうぜ?」
「不謹慎だぞ、トリコ。話を盗み聞きするつもりか」
「…じゃあ前だけここにいればいーだろ」
サニーはトリコの意見に賛成、と片手を上げる。
ココもそう言われては、気になるという欲求がうまく抑えきることができない。
うーん、と唸る彼を、トリコとサニーは待った。
律儀というわけでなく、置いていくとココがうるさいのがわかっていたからだ。
ちなみに、聞かない、という選択肢を選ぶことがココにはないことを、彼らは承知していたのであった。
それから。
先に言っておけば、小松と話し込んでいるのは、なんて言うことはない。
いつぞや話に出てきた小松が出勤に使う道にある喫茶店に勤めている顔なじみの女性だった。
トリコたちと待ち合わせをしていた小松を、同じく旦那様(女性は既婚者だ。左手の薬指には、はっきりとその証である指輪が嵌められているのだが、トリコたちは揃って見落としていた)を待っていた彼女と出くわした次第である。
そして、待っている間のお互いの暇つぶしに、と会話を楽しんでいるだけなのだ。
ちなみに、トリコたちが邪推するような関係は勿論、ない。
「…それにしても遅いなぁ…」
会話の切れ間に、ぽつりと小松が呟く。
それを聞いた女性は、軽く目を丸くしてそれから可笑しそうに表情を崩した。
「ああ、さっき言ってたお友達です?」
「あ、はい。もう約束の時間のはずなんですけど…」
トリコさんとサニーさんはともかく(酷い言われようであるが、実際、この二人は約束の時間を破るのが常なので、自業自得)、ココさんが遅れるのは中々ないのになぁ、と上の空で思う。
「随分と仲が良いみたいですけど」
「…そう見えます?」
「見えるというか、私はその方たちを見たことがないから何とも言えないんですけど……小松さんの話しぶりとか、今の表情を見てると、なんとなく」
クスクスと笑われてしまい、小松はちょっとだけ照れくさそうに顔を赤くした。
「………すみません」
「いえいえ、仲良きことは美しきこと哉」
「からかわないでくださいよぉ」
「小松さんがとても良い反応をしてくださるので、つい」
気に障ったのならごめんなさい、と言う表情は、言葉とは裏腹に微笑みの感情を止めることが出来ないでいる。
いたたまれずに小松は顔を逸らした。
「…あ」
その時、女性が何かに気付いたように声を上げる。
多分、待ち人が来たのだろう。
「やっと来た! もう、相変わらず待たせるんだから!」
口では怒っているようだが、口調がくだけている様子からすると、その仲の良さは鈍感な小松にもわかるくらいだった。
…つまり自分は、このくらいわかりやすくなってるのかな、と反省する。
頭を抱えたい気分になるが、その手が上がる前に女性が小松のほうへ振り返った。
「それじゃあ、小松さん。私、先に行きますね!」
「あ、は、はい! 旦那さんによろしく!」
「はーい。小松さんも、早く皆さんが来てくださるといいですねー」
じゃあ、と手を振って小走りに道を行く女性の後ろ姿を小松も、手を振って見送った。
話し相手がいなくなると、途端に時間の進みが遅くなったような気がして、小松は溜息をついた。
早く、来てくれてたらいいのに、と思った。
それからこれは小松も、それから女性が離れたことで慌てて彼のところへ向かおうとしているトリコたちも知らない会話。
「…ふふふ」
「なんだ、随分と楽しそうだな」
「えぇ、だって、これが楽しくっていられないの!
ねぇ、なんで人の恋路って見てるとこんなに楽しくて、もどかしくて、じれったいんでしょうね!」
小松さんはわかってるのかしら、と女性はそういって笑った。
誰も知らない。
誰も知らなくていい、お話である。
人の恋路は、当人達以外のほうがよく見えているものです。