不意に、夜に外へ出かけてみたくなるときがある。
月の綺麗な夜だった。
星が今にも落ちてきそうな、満天の夜だった。
虫の声が響く夜だった。
落ち葉が樹から落ちる音が聞こえてきそうな、静かな夜だった。
どこからともなく聞こえては、波が引くように途切れてしまう虫の声。
都会の中でも聞こえてくるのだから不思議なものだ。
もっとも、歓楽街からは少しばかり離れているこの場所は、あのネオンと雑踏がそれこそ明け方まで続くのだから、聞こえるわけがないのだけれど。
夜の道をゆっくりと歩いていく。
風はもう肌に冷たくて、上に一枚羽織っておかないと歯の根が震えてしまいそうになる。
闇を走る風は見ることも適わずに、通り過ぎては消えていくばかりだ。
空を見上げる。
月が、天空にぽっかりと浮かんでいた。
青白い月の光。
ぼんやりと闇の中に浮かび上がる、真ん丸い月の姿。
綺麗だと、思う。
うっとりしてしまうような、そんな美しさではない。
心に染み入るような、思わず見入ってしまう、そんな月。
月を見上げながら足を進めていく。
なぜか、いつも通り慣れたはずの道が全くの別物に見えてしまう。
そっと、息を吐いた。
その音だけが、鼓膜を揺らす。
なぜか、寒さが一段と増したような気がしたのは、気のせいだろうか。
「……こぉら、松ぅー。何、一人で出歩いてんだ」
「お前の都合なんて知ったことじゃないだろう? ……ああ、でも、本当になんでもっと暖かくしてこなかったんだい?」
「だからお前はこいつのおかんかっての」
聞こえてくる声に驚いて、振り返る。
視線の先には月の下でこちらを見守っている優しい眼差し。
「まあ、こんなに良い月だしな。月見酒でもするか、小松?」
付き合うぜ、と笑う顔が嬉しい。
月の光がとても遠くなったような気がした。
満月の降る夜に。