ランタンの魔法をかけ、夕闇迫る道を照らしていくようにしておいて子供達を小松は見送った。
 別れがたいように何度もこちらへ振り返り、手を振る彼らの姿がたまなく、可愛らしい。

 トリコは体を使って左右に大きく手を振って、
 ココはちょっと困ったように体の横で小さく手を振り、
 サニーもブンブンと手を振り回してくれていた。

 それをいつまでも見送り、子供達の姿が森の道の向こうへと消えてしまうまで小松はその場から動かなかった。





 『Paradise Lost』<5>





 ランタンの明かりも見えなくなり、気がつけば森には夜の闇の気配が足早に迫ってきている。
 橙の空は、一番星の出現によって濃い濃紺へと変わっていた。
 子供達と見ていた湖も、今はしんと静まりかえり、暗い色を写し取っている。

「………テリー」

 湖を何の気無しに見つめていたはずの小松は、ぽつりと声をもらす。

 その声に応えるかのように森の中から、真っ白な狼がその姿を現した。
 木陰から出てきたその大きさは小松ほどもある。
 闇の側にあってもなお、仄かに光るかのような純白の体毛は、その持ち主がただの狼ではないことを如実に示すかのようだった。
 目元の横に走る黒い毛が、その白さを余計に映えさせる。

 テリーと呼ばれた巨大な狼は、くぅ、と小さく鳴いて小松のすぐ側にやって来た。
 
「…うん…わかってるよ」

 すぐ隣にやってきたテリーの首もとへと小松は手を伸ばす。
 毛並みを撫でる指先が、首もとから頭のほうへと移動していった。

「…一目見たときから、わかってたんだ…彼らが、あの時の子供達だって」

 忘れるはずがない。
 小松が、『祝い』を授けた三人の小さな赤ん坊。
 その青い髪を、漆黒の髪を、四色の髪を、忘れることなど出来なかった。
 鮮烈な記憶として今でも思い出せる。
 
 本当は、小松は彼らの悲鳴を聞くよりも前に、トリコたちの存在に気がついていたのだ。

 それはなんてことはない。
 森に住む彼がいつものようにテリーを連れて森の中へと食料集めのついでに、散歩をしていた時のことだった。
 森の中では小松以外……いや、人間は滅多にやってこない。
 時たま、狩りのためにやって来ることもあるが、子供だけの声というのは、まず聞かないものだったのだ。
 
 湖のほうから聞こえてくることに気がついた小松は、テリーに集めた食料を持って帰るように言って、その様子を木陰からそっと覗いていた。
 森の中から出てきたその姿を見たときの小松の驚きは尋常ではなかった。
 何故、という疑問とともに、この森の中に王族が使う別荘が建てられていたことに思い当たった。
 
 だが、彼らが使うのは大抵、別荘の側の人工的に整備された土地だけで、こんな森の中まで入ってくることはない。

 子供達は、その無知さ故にこんな森の中まで入ってきてしまったのだろう。
 関わり合いになるわけにはいかなかった。
 姿を見られてはいけない、とその場から立ち去ろうとしたときに、目の前でトリコが湖に落下するのを見てしまったのだ。
 それでも小松の体は動かなかった。
 危ないのはわかっている。
 けれど逡巡する脳内がどうするか理性的に決めてしまうよりも先に、悲鳴が、聞こえたのだ。

 それは助けを求める声だった。
 その叫び声に、小松はもう構っていられす、木陰から飛び出していたのである。

 その時のことを思い出し、小松は小さく苦笑を浮かべる。
 自分がしたことの愚かさに溜息をつき、首を横に振った。

 テリーはそんな小松の顔を、感情の読めない瞳で覗き込んでいる。

「……言葉を交わせば、情がわく」

 やがて、絞り出すような声で小松が呟いた。
 視線がゆっくりと持ち上がって、トリコたちが消えていったほうを見つめる。
 そこにはもう、何もない。

「知り合えば、心が動かされてしまう」

 何もないはずのその先を、彼は一心に思い出しているようだった。

「…心配することはないよ」

 やがて絞り出すように小松がそう呟いて息を吐いた。
 その目に宿るのは、確かな諦観だった。

「人は、忘れてしまう生き物だから。彼らはボクの『お祝い』を受けたけれど……生きていく時間は、他の人と変わりないもの」

 だからきっと、

「きっと、ボクのことなんて、子供の時に見た幻だって思って忘れてしまうから」

 そう言ってテリーの鼻先へと小松は手を伸ばす。
 触れた指先の感触にテリーは、くぅぅ、と何かを伝えようとして鳴いた。
 それは小松に伝わっているはずなのに、彼はそれに気付かないふりを決め込んでしまう。

 宵闇が、すぐそこまでやって来ていた。

「……でも…」
 
 瞳が、何かに耐えるように伏せられる。
 テリーに触れていた手が小松の眼前へと動かされ、小さく、開け閉めを繰り返していた。

「…でも……名前を、聞かれたのは……何年ぶりだろう…?」

 繋いだ手のぬくもりは、あたたかくて、
 触れた指は相手の熱でうっすらと高くなっていく。
 交わした言葉はどれもこれも優しく、
 笑顔は、自然と顔をついて出た。

 そのどれもがあまりにも心を動かして……小松は、切なそうに顔を歪めていた。

 





 まほうつかいのせいねんは、それからまいにちみずうみにでかけるようになりました。
 はながさくあたたかなはるも、
 たいようのあついなつも、
 おちばがふるあきも、
 ゆきのふるさむいふゆも、
 まいにち、まいにち、でかけていきました。

 おうじたちとであったじかんにでかけ、みずうみをひとまわりして、そのままかえっていくのです。

 はるとなつとあきとふゆを、なんどもこえて。
 ずっと、ずっと。




<つづく>