しばらくの間、四人はとりとめもない話を交わしていた。
それは今にして思えば、他愛のない話で。
それでも子供達は先を争うように色々な話をしていた。
時折、この森のことを青年に質問したり、たまにやって来る動物たちのことを聞いたりして、それに青年が懇切丁寧に答えてやる度に、わぁ、と歓声が上がるのが可愛らしい。
微笑ましさも手伝って、青年は始終、穏やかな笑みを浮かべていた。
子供達はそれを見るのが心地よくて、尚更、話を青年に聞かせる。
湖は風で凪いでいて、森と空とを水面に映しとっている。
まるで鏡のようだ、とトリコが言ったら、青年はそうですね、と答えた。
「だから、<水の精霊>たちもここがお気に入りなんですよ。
彼女達は、自分たちの暮らす水と同じくらい美しい青や、濡れる水草にも負けないくらい瑞々しい緑にも心奪われたりしますから」
時々混じる、こんな秘密のような話が楽しかった。
子供達は自分たち以外で始めて心をこんなにも許せる存在に出会ったことに心を弾ませていた。
こんなにも楽しいことがあるだなんて、やっぱり不思議だと、思っていたのだ。
けれど、楽しい時間は過ぎてしまうのが常だ。
子供達の感性で言えばあっと今に天の頂上にあったはずの太陽は地平線へと傾きを強め、空は青から橙へと色を変化させている。
「……さぁ、もう帰らないと」
空を一瞥し、青年がそう切り出した。
「まだいいだろ?」
「駄目です」
「でもまだ…」
「駄目、ですよ?」
言いつのろうとする子供達の先手を取って青年はそう言い切る。
不満の声を上げる子供達を少しだけ困ったような顔で見つめて、スッと手を伸ばした。
その手が、トリコの頭に触れる。
今は空の色をうつしてしまったかのように、目の覚めるような青色ではなくどこか翳った色を思わせる髪の色をしている。
無論、目の錯覚だ。
「…ボクはついていくことは出来ませんけど、魔法でちゃんとあなたたちをその別荘まで送り届けますから」
「………なぁ」
サニーが、目の前の青年の服を掴む。
小さな手だった。
青年の半分にも満たない身長の、彼らは本当に小さい。
「……また、会えるか?」
だからこの質問に青年は言葉を詰まらせる。
会えない、と言ってしまうのは簡単だろう。
だが、その一言が喉の奥につかえて出てこない。
口を開こうとすれば質問した子だけでなく、他の子達も青年の返答を不安を込めた目で見つめているのが見えてしまったからだ。
しばし瞠目し、それから静かに青年は目を伏せる。
「………会えません」
その言葉に子供達は体を凍りつかせ、顔から一気に血の気が引いていく。
「貴方達が、子供のうちは会うことが出来ません」
しかし青年は言葉を続ける。
言葉の意味が理解出来ず、子供達が顔から血の気が引いた状態のまま青年を見つめる。
視線が問いかけの意味を含めているのも伝わってきて、青年は殊更安心させるために表情を柔らかくしてみせた。
「…もし、貴方達がボクがいない間にここに来たら、また危ない目に合うかもしれませんから」
だから、
「だから、あなたたちが、もっと大きくなるまでは会えません」
そう言った青年の目は優しい。
子供達は遠回しな青年の言葉に必死で思案を巡らせているようだった。
やがてその言葉の意味を理解したココが、目を丸くして顔を上げる。
顔に色が戻り、かわりにその漆黒の瞳に輝きが戻る。
「ボクたちが、大きくなったら会ってもいいの…?」
言葉は期待が含まれていた。
トリコとサニーが振り返って彼の顔を見て、青年は一度だけ深く頷く。
「……はい」
それは深い迷いと、戸惑いを含んだ返事だった。
けれど子供達は青年の様子に気がつかなかった。
(後にそれを、彼らは心の底から後悔することになる。
それはまだ、先の話であり、彼らは幼かったが故に気がつかなかったのだ)
歓声を上げたトリコが先に青年の手を掴む。
「会えるんだよな! オレたちがもっと大きくなったら!」
「………危ないことを、あなたたちがちゃんと、避けられるようになったらですよ?」
「対抗じゃなくて?」
「いえ、あの…対抗は、あんまりしてほしくないので」
それにこの森の動物たちはそんなに危ないのばかりでもないので、と言い含めておく。
交わす度に子供達の顔が明るくなっていく。
見つめる青年の視線も優しいままだった。
労るような色合いを含んだ眼差しが、触れなくても暖かさを連れてくる。
「なぁ」
その時、トリコが口を開いた。
「お前の名前は?」
「……え」
「だから名前。聞くのずーっと忘れてたけど、呼べないとここに来たときお前のこと、呼べないじゃん」
もっともな物言いであった。
青年はトリコの問いに逡巡し、眉を寄せて口を噤んでしまう。
だが、それを先んじて子供達が口を開いた。
「オレ、トリコっていうんだ」
青い髪の子供はそう言って無邪気に、まるで子供の獅子のように獰猛に笑う。
「……ボクはココ」
漆黒の髪の子供が、少しだけ困ったように表情を曇らせ、だが優しい声で呟く。
「オレはサニー!」
最後に、目映い色彩の髪の子供が、少しだけ胸を張り告げる。
その三人の名を青年は呆然としたまま聞いていた。
トリコによって掴まれた掌が小さく震える。
それはまるで恐れのようだった。何に怖がっているのか、そして怖がる要素が子供達には思い浮かばずに、その小さな震えはやはり、見逃されてしまうことになる。
「……トリコさんに…ココさん……それから、サニー、さん?」
呟くように、囁くように呼ばれる声に子供達がそれぞれに頷いてみせる。
青年は掴まれた掌に視線を落とす。
やがて、その手は、小さく握りかえされた。
「…ボクは、小松といいます」
「この森に住む、魔法使いの小松です」
『Paradise Lost』 <4>
御伽噺には、望む望まざるに関わらず、必ず『結末』が用意されている。