「どこで聞いた話かは、忘れちゃったんですけど」

 そう前置きをして、小松は夜空を見上げた。

「新月の夜に、月を写す、っていうおまじないがあるそうなんです」
「…………?」

 だが、最初の言葉の違和感にココは秀麗な顔を少しだけ顰めた。
 そもそも新月なのに月を写すとはいったいどういった状況なのだろうか。
 それが実行出来うるものではないのは明らかで、言葉遊びか何かなのかと思いながらも口に出すことはしなかった。

 沈黙は、先を促すためのもの。
 それに後押しをされるように小松は記憶を探るように言葉を続ける。

「えっと…確か、お皿だったかな…に、水を張っておくんです。
 それを窓辺のいつも月が映る位置に置いて……」

 だが、それではやはり月が映ることはないだろう。

「だけど、月が、そこに映るんだそうです」

 不思議ですよね、と小松はそう言って夜空に月を探すように視線を滑らせる。
 けれど、今宵は新月だ。
 空に月の光はなく、瞬く星だけが天上に広がっている。

「………それで?」

 そこでようやく、ココが口を開く。
 この話はどこに繋がるのかという疑問の声でもあった。
 それを正しく聞き取った小松が顔をココのほうへと向けた。
 夜の闇、しかも月の光もないせいで小松にはココの表情は見えないが、逆はそうではなかった。

 闇に慣れた目は容易く小松の表情をココに伝えている。

「もし、そこに月が映ったのなら、願い事を叶えてくれるそうですよ」

 その月が。
 …確かにあり得ない状況でそんなことが起こったら……
 いや、これはもしかして作り話か…小松も、聞いた話だとは言っていたが……言葉遊びのようなものなのかもしれない。

 だが、もし有り得るとしたのであれば、それはなんと不思議な情景。

 ココはそっと窓辺に置いた皿の中に、月が映り込む光景を想像する。
 深淵の闇に、その光はどのように映るのだろうか。

「…小松くんは、」
「はい?」
「何か、願い事でもあるのかい?」

 伏せていた瞼を上げ、質問をすれば小松は数度、瞬きを繰り返し、それから首を横に振った。

「いいえ」
「そうなの?」
「はい。願い事とか、そういうのは今はないですね」
「そんな話をするからあるのかと思ったけど」
「なんとなく思い出しただけですから」

 ああ、でも

「……見てみたいですね」
「うん…?」
「新月の夜に、窓辺に置いた水の中に映る月を」
「………そうだね」

 肯定して返せば、闇の中で小さく笑う声が響く。
 他愛のない言葉遊びのなかで、ここでは見えない月の残滓を、静かに思った。






他愛のないお話。【をうつす鏡のこと】