むかしむかしのおはなし。
 おとぎのくににうまれたさんにんのおうじは、すくすくとおおきくなっていきました。
 けれど、おおきくなるにつれておうじたちはひとびとからおそれられるようになっていったのです。

 さんにんのおうじは、うまれたときからふしぎなちからをもっていたからです。

 それが、しゅくふくされたちからだとは、しらずに。





 『Paradise Lost』 <2>




 森に入ってみようと言い出したのは、トリコだった。
 国のなかに幾つも作られた王族のための別荘。
 そこのひとつは、古くから神秘の森に囲まれていたのだ。
 その森には、昔話がついていた。

 『森には、魔法使いが住んでいる』

 そんな、昔話。
 乳母のひとりから寝物語のひとつとして、それを聞かされた翌日、兄弟三人だけで遊ぶことにも飽きてしまっていたトリコが思いつきのように、森の中にいるという魔法使いを探そうと言い出したのだった。
 国の宝とも言える三人の王子達。
 しかし、彼らのまわりには、人の姿はない。
 屋敷を守る近衛兵や、メイド、執事達に加え、彼らを世話するために城から連れられてきた乳母はいるものの、彼らは王子達と好んで接触しようという意思はない。
 
 王子達は、『産まれた時』から不思議な力を持っていたからである。
 それは幼いながらも人々を恐怖させる類のものであったのだ。

 しかし、まわりに人がいないという状況は、屋敷から抜け出すのには恰好の状況だった。
 トリコの申し出に最初は渋い顔をしていた兄弟…サニー、そしてココたちも、暇と好奇心に動かされて最後には了承した。

 三人はこっそりと別荘を抜け出し、森の中へと入っていく。
 森の中で見る風景は、三人にとっては新鮮なものであった。
 繁る葉。
 遠くから聞こえる鳥の声。
 たまに見える動物たちの姿に、歓声を上げて逃げらたり。
 見つけた木の実の甘さや渋さに喜んだり驚いたり。
 様々なものを見るうちに、湖までやって来たのだった。
 茂みの先に広がる美しい湖。
 風がない状態だと、まわりの景色を映し込んで巨大な鏡のようにも見えた。

 それを見ていたトリコは目を奪われ、ふらりと歩き出したがために足下を見ていなかった。
 故に、その足下が切り立った場所だということに気付いたのは、自身が淵に足を滑らせ、落下していく最中だったのである。

 突然、目の前からトリコが消失し、次いでどぷん、と水音が立ったことに気付いた残りの兄弟たちは驚いて思考を止めてしまう。
 だがすぐに我に返って先へと進む。
 トリコが水の中で藻掻いているのを見たとき、咄嗟にサニーが湖の中へ助けに入ろうと足を踏み出す。
 それを止めたのはココだった。
 なんで止めるんだ! と叫ぶサニーに、ココは首を横に振る。
 キミまで溺れてしまう、と。
 だが手をこまねいているわけにもいかない。
 助けを呼びに行こうにも、その間にトリコが力尽きて沈んでいってしまうのではないかと思うとその場から動くことも出来なかった。

 その間にもトリコは岸からどんどん離されていってしまう。
 藻掻いているせいで自分がどこにいるのか、わかっていないのだろう。
 どうすればいいのかわからない幼い彼らは混乱する。
 だが、このままではいけないのはわかる。
 それでも心は四散し、子供心にその衝撃は大きすぎた。

 サニーは許容範囲を超えた状況にパニックを起こし、じんわりと盛り上がる涙を止めることが出来なかった。
 
 震える唇が僅かに戦慄いて開き、息を必死に吸い込む肺が痛む。

「誰か――――っ!!!」

 助けて、と叫ぶことが出来なかった。
 たった三文字、叫ぶのが精一杯だった。
 
 けれど、その声は、届いた。

 次の瞬間。
 湖の向こうの茂みが揺れ、ローブを身に纏った人影が飛び出してきたのだ。
 頭からローブを被っているために顔を見ることも、男か女かもわからない。
 走り出してきたその人物は岸辺から真っ直ぐに湖へと向かう。
 水の上へと足先がつき、パニックを起こしながらもそれを見ていたサニーは、落ちる、と思った。トリコと同じように。
 しかし、その足が水の中へと沈むことはなかった。
 足は水を蹴り、地面と同じように水面を走り続けていく。

 え、とサニーとココは立て続けに起こる出来事に対処出来ずに途惑う。
 混乱する脳内で、けれど目の前の光景だけはハッキリと視覚することが出来た。

 ローブを身に纏った人物は湖を滑るように進み、やがてトリコの側まで近づいて来たかと思うと走りながら頭の部分のローブを外した。
 その下から露わになったのは、黒い短髪の顔。
 大きな黒い瞳がやけに印象に残る。
 その人物が指先で空間を斬る。
 すると、トリコの体が湖から上のほうへと跳ね上がるように水柱とともに空中へと投げ出された。

 クルクルと回転する体。
 ああ、と声を上げる間もなく、サニーも、ココも言葉を失った。
 その人物はある地点で止まると腕を広げた。その腕の中へ、トリコは落ちてきた。
 ぽすん、と音を立てて落ちてきたトリコを、男はしっかりと抱き留める。

 それは正にあっという間の出来事だった。
 トリコが落ちたこと。
 自分たちが叫んだこと。
 そしてその人物が茂みから現れ、湖の上を走っていったこと。
 ……助けてくれたこと。

 そんな様々な出来事が重なり、あまりに衝撃的な展開に幼い脳が処理仕切れずに脳内が止まる。

 だが、サニーは。
 サニーは思わず、感嘆の溜息をついていた。

 キラキラと舞い落ちてくる雫。
 おそらくトリコを助ける時に出来た水柱のせいだろう。
 その中心に立って、トリコを抱いている青年の姿。

 自分の叫び声に応じて現れてくれた彼は、話に聞いていた『魔法使い』そのものではないか。

 サニーは一瞬で心を奪い取られてしまう。
 あまりにも、あまりにも、目の前の出来事が完璧で、美しくて。

「………つくしー………」

 安堵し、陶酔し、興奮し、
 様々な感情とともに紡がれたその一言を、サニーは忘れることはない。
 
 やがて、視線の先の人物が顔を上げてこちらを見つめてきたのだった。





 むかしむかし。
 おとぎのくにの、とおいむかしばなし。

 おさないさんにんのおうじは、あるひ、ひとりのせいねんにであいました。
 まほうつかいがいるというもりにいた、ふしぎなちからをもつせいねんに。





 <つづく>