視界には、紫色の絨毯が広がっていた。
 地平線とまではいかないが、右を見ても左を見ても、走り回れるんじゃないかという広さで、紫色の花たちが群生している。
 けして珍しい種類のものではない。
 それでも自然界でこれほどの数が咲き誇っているのを見つけるのも難しいだろう。
 目の前に広がる景色に、小松は感嘆の声を上げる。

「ちょうど花が一斉に開花する時期だったからね」

 その後ろ。
 ココの涼しい声が頭上のあたりから降り注ぐように聞こえてくる。身長差のために、首だけ巡らせて振り返ろうとしてもそのまま上を向かなければ相手の顔は見えない。

「すごいですね。ボク、こんなに咲いてるの見るの始めてです!」
「喜んでもらえたかな?」
「もちろんです!」

 小松が笑顔で答えれば、ココも表情を緩めて嬉しそうに目を細めた。

「ちょうどこのあたりにハントに来た時に見つけたんだ。
 ううん、見つけたというより、匂いがしたから、かな」
「匂い?」

 言われて小松は空気を吸い込んでみる。
 確かに、この群生している花特有の甘い香りがすぐにいっぱいに広がってくる。
 鼻のなかだけでなく、肺の奥のほうまで甘い香りになってしまいそうなくらい、匂いは濃い。

「わかります。ボクでも匂うってことは、ココさんももっと感じるんでしょうね」
「あいつほどじゃないけどね」

 二人の脳裏に同じ人物が思い浮かんだのだろう。
 目を見合わせて、揃って笑みをこぼす。

「でも、こんなにあるとここにいるだけで匂いまでうつっちゃいそうですね!」
「小松くんは、この匂いは嫌い?」
「嫌いじゃないですけど、」

 言葉を濁す小松に、ココは側にあった紫の花を一輪、指先でちぎる。
 それを鼻まで持っていくと、匂いをかいだ。
 その動作だけでも絵になるのだから、美形って得だなぁと小松はぼんやりとそんなことを思う。
 ちょっとだけ頬に上がりそうな熱を堪えた。

「ボクは好きだよ」

 伏せ目がちに、囁くようにしてココは呟く。

「好き、ですか?」
「うん」

 見上げてくる小松へと視線をおろし、そのまま一輪の花を彼へと差し出した。その花を小松は反射的に受け取る。
 幾つもの小さな花をつけたそれが、柔らかな風に揺れて香り立つ。
 この一輪だけでも、香りはある。

「ううん、違うなぁ」
「え?」

 先ほどの発言をいきなり覆してきた。
 見ると、ココは困ったように眉を寄せている。

「好きというか、嫌いじゃないっていうほうが正しいかもしれない」
「? 何か、違うんですか?」
「好き、と嫌いじゃない、っていうのはかなり別物だよ」

 苦笑を浮かべながら、ココは顔を上げる。
 視線の先には晩夏の風に揺れる花たちの姿。それから、目には見えないが、香り立つような花たちの匂いがある。

 ココは、その景色をしばらく眺めていたかと思うと小松のほうへと振り向いた。
 視線が交わる。
 じぃ、と漆黒の瞳に見入られ、小松は首を傾げる。

「ココさん?」
「うん、なんでもないよ」
「ボク何も言ってませんけど」
「なんとなくね」

 そう言ってココはまた笑う。

「うん、やっぱり嫌いじゃないな」

 その言葉と微笑みの意味がわからず、小松は大きく首を傾げることになる。
 そんな彼の頭をココは優しく撫でた。






この季節のい匂いは嫌いじゃない、と貴方は言った
title:貴方へ贈る花に想いを託す・5題  GODLESS