大助は思わず目を疑った。
二、三度瞬きをしても目の前の光景が変わらないことに・・・また驚いた。
それは大助を小突いていた冴原も同じことで、行動が止まっていたのだ。
大助の目前に桜が咲き誇っていた。いや、狂い咲いていたとでもいうべきなのだろうか。
もう秋になるといこの場違いな季節のなかで、桜は確かに咲いていた。
そしてその木の下に人が立っていた。
染めているであろう見事なプラチナの髪を風になびかせ、漆黒の瞳はただ桜を見上げていた。
目元も口元も、まるで完成された一つのパーツのようで、その女性がこの世の者ではないようにすら感じられた。
やがて視線に気づいたのか女性が大助達のほうへ振り返る。
絶世の美女・・・そんなありきたりの単語が似合うようなその女性は大助の姿を見ると、にこりと微笑んだ。
「こんにちは。何かご用ですか?」
柔らかい発音。女神を彷彿とさせる声。
思わずこちらの様子に気づいたクラスメイト全員がその雰囲気に飲み込まれてしまう。
呆然とその姿を眺めながら大助はぽつりと呟いた。
「・・・佐保姫・・・・・・」
と。
<佐保姫。日本古来から伝わる四季のうちの春を司る女神のことを指す>
<そしてこの春の女神の伝説を元に作られたものが、薄い桜色の宝石がはめ込まれたリング>
<ピンクダイアモンドが埋め込まれたその腕輪は、春の到来とともに色が変わると伝えられる>
今も昔も美術品荒らしは怪盗のお仕事
それは作り話でもなんでもなくて
この国では当然すぎるほど現実のお話
怪盗の名前は”DARK”
正体は・・・・・・誰も知らない
「・・・で。今度狙われるのがこの『佐保姫』ってわけだ!!」
鼻息も荒く冴原剛が丹羽大助の机の上に新聞を広げながらそう言った。
そしてその狙うという人物の名は・・・
「ダーク・・・今度こそスクープしてやる!!!」
怪盗ダーク。
この国でその名を知らぬ者などいない。
まったく、こっちの気も知らないで・・・と大助は心の奥で思う。
ダーク。神出鬼没の大怪盗。
警察の手も何のその、予告状を送りつけあまつさえ警察を手玉にとり、その鮮やかな手口で多くの美術品を盗み出している。
そして何と言っても・・・美形、なのだ。
もちろん大助のクラスにも彼に憧れる女子は多い。
・・・・・・彼の初恋の相手でもある、原田梨紗もその一人。
まあそこのところはおいといて、だ。
「今日も行くの? そこに。」
「もちろん! 予告状でも『今夜11P.M.に 佐保姫を頂きにあがります』・・・て書いてあったし。」
そしてそのダークの正体というのが、丹羽大助であったりする。
このことは誰も知らない(家族と、そしてたった一人をのぞいて・・・)。
詳しいことは説明しなくてもおわかりいただけると思うので、ここでは省いておこう。
ある美術館に特別に展示されている『佐保姫』。
その昔、外国に渡ったある日本人がピンクダイアモンドの原石を使い作り上げたというリング。
伝説のとおり春の訪れとともに咲き誇る桜色の、宝石。
だがこれには言い伝えがあった。
春の訪れを告げるかのように一夜、それも日本で『一番最初』にどこかで桜が咲いたその瞬間だけ、濃いピンクに変わるという。
その美しさは尋常ではなく、一度でもそれを見たものはたちまちそのリングの虜にされるらしい。
だからだろうか。
そのリングを手に入れた持ち主は必ず『桜の木の下』で殺されてしまうという。
桜は昔から人の血を吸ってその鮮やかな色を伝えるといわれる。
・・・・・・佐保姫が、血を求めているのだと噂されるのも遅くはなかった。
しかしその魔性の魅力によって、持ち主は次々と現れ・・・そして殺されていく。
そして今は持ち主もいないまま、美術館の奥底に眠っていたのだ。
それが今回、特別に展示されることとなった。
そしてそれと同時期に、ダークからの予告状も届いたというわけで。
「で、だ。どうせならお前達も行かないか?」
突然そう切り替えされた時、大助は別の考え事・・・佐保姫についてだ・・・をしたので思わずうん、と返事をしてしまっていた。
それからなし崩し的に話は進み・・・・・・
ーあーあ、知らねえぞ、俺は。
というダークの呟きが大助の心に響いた。
そしてクラスメイト全員が美術館(日渡は用があるとかでいない)にやって来たとき。
春に咲くはずの桜が秋に咲いているという光景に、出くわしたのであった。
<つづく>