洋服〜あおのどれす〜
「やめて!」
庇われたその瞬間、失ってしまった誰かを想いだしたような気がした。
ばさばさと。
彩架は目の前に出された服の『山』に呆然として目を丸くしていた。
側にいるほのかや、御神槌もそれは同じことで(御神槌など、ぽかんと口を開けたままだ)、しばらくその山を見つめていた。
そしてその山のすぐ脇…そう、この『山』を作った両腕の持ち主がにこにこと笑って目の前に立っている。
「……クリスさん…」
「なんだい、サイ?」
いやあのそんなニッコリと笑われても…と、喉の奥まで出かかった言葉を飲み込んで彩架はもう一度、クリスを見る。
異人の特徴である金髪に青い瞳(ぶるーというのだそうだ)。
背丈はおよそ常人以上は軽く越えているし身なりも…あからさまに違う。
そんな彼が持ってきた『これ』はおそらく…いや、わからないまでもなかった。
今まで(不本意ながら)ヴラドの屋敷で、ほのかが、御神槌が、そして小鈴あちが着ていたものにとても形状が似ている。
似ている、というより…作り方が明らかに日本のそれとは違う。
もう一度。
今度こそ聞こうと心に決めて、彩架は口を開いた。
「なんですか、これ?」
「君にプレゼントするものさ。」
ああ、なんだかな…と思いつつ、とりあえず彩架は、ふらっと背後に倒れ込んでみたりなどした。
遠くのほうでほのかの慌てた様子の声や、御神槌とクリスの声も聞こえるがとりあえず意識を手放そうとした。
確かに…確かに天戒や奈涸、弥勒らから『少しは女っ気もつけろ』だの、『古着なんだが似合いそうだから』だの、『土産だ。』などと幾度か女物の着物を渡されたことはあった。
しかしそれはすべて『着物』だったし、一度に一つか二つが普通だ。
(時折、壬生らから髪飾りも貰ったりしていたが)
だからこんなに大量に…『ばさばさ』という擬音語が使えるくらい大量に衣服を貰ったことはない。
しかもこれはすべて…『外国』のものだった。
洋服、つまりドレスと呼ばれるものが多く含まれていたのである。
事態を把握しきれず(突然渡されても困るというものだ)、彩架は意識を手放した次第で。
「だから今までテンカイ達が贈り物をしていただろう? だからボクも、と思ってね。」
現実に戻った(目覚めた)彩架がまず一番始めに見たのは心配そうなほのかの顔。
そして次に、聖書を手に持った御神槌に追いかけ回されているクリスの姿だった。
(あと少しでも送れていたら『天の契約の箱は開かれん』が炸裂するところだったのだ。
ちなみに御神槌は鬼道衆メンバーにおいて、実力はトップ5に入る勢いがある。一位は彩架だ)
とりあえず、と彩架が御神槌を止め、ほのかがクリスを捕まえて、落ち着かせてから椅子に座らせた。
それから『なぜこれをくれるのか』ということを聞いてみたら返ってきた答えは、先のものだった。
「確かに、天戒様達は彩架様にたくさん贈り物をされていらっしゃいますものね…」
あ、でも蓬来寺様もそれは同じ(贈り物のランクは下がるものの)、と呟きかけて慌ててほのかはそれをやめた。
目の前にいる御神槌の持つ湯飲みが、ぴし、と音をたてたような気がしたからだ。
今の御神槌の心境は
「あの人達、抜け駆けするなと言っておいたはずなんですけどね☆」
の、一言につきるだろう。
とりあえず強烈な技が死人を出す前に、とほのかは彩架のほうに話しかける。
「そういえば彩架様は、送られた着物、あまり身につけていらっしゃいませんね?」
着ているものと言ったらいつもの胴着に(つぎはぎが多く、ボロボロ)、地味な色合いの羽織ぐらいなものだ。
着飾った姿などは…一度も、見たことがない。
「あ、私ほら…無手でしょ? だから着物だと動きにくくて…」
いつ敵が来るかわからないし、と付け加えて彩架が笑う。
その彩架の様子にクリスが大業に首を横に振った。
「ノー……ダメだよ、サイ。いくら君が武術家でもたまには着飾らないと。」
「で、でも…着飾るなら、ほのかさんのほうに…」
思わずほのかのほうに話題を降ろうとするが、クリスはそれに応じようとしない。
それどころかずいっと彩架の側に寄って、眉を寄せて見つめる。
「ダメだ。美しい姿はまわりの目を楽しませるだけでなく…心も、新鮮なものを感じられていいんだ。」
「いや、あの、ですから…」
私にはとても、と逃げようとしたところで、クリスが素早く一着の洋服…真っ青なドレスを差し出した。
そしてそのまま有無を言わせぬ笑顔で、言う。
「これは『君』にあげる『ため』のものだ。
だからもし、君が着てくれないのなら…処分するしかない。」
この答えには彩架のほうも驚いたようだ。
こんな大量の服…しかも洋服は高価なもののはずである。
それを捨ててしまうだなんて……(長年の放浪のせいで出費と節約には細かい彩架)
彩架の性格を把握してか、クリスは迫力のある笑顔で、迫る。
「着て、くれるよね?」
………はい、と答えなければどうなっていたことか。
(無理矢理)着ることに賛成させられてしまい、大量の洋服を貰うことになった彩架が、おいおいとほのかに泣きつく。
向こうのほうで逃げるクリスに御神槌が『鷲が声高らかに告げる』をぶっぱなしていたりなどしたが…
(ちなみに見事なまでにヒット(&クリティカル)していたが、泣きついていた彩架は知らぬことである)
さっそく着てみてくれ、とせがまれにせがまれ(何やら焦げたあとをつけたまま)クリスに一着の青いドレスを渡された彩架。
これは着るまで放してもらえそうにないかも、と感じて彩架はほのかに手伝ってもらって別室でドレスに着替え始めた。
ばさ、と胴着を脱ぐと引き締まった体が空気にさらされる。
所々細かい傷はあるものの、それ以外は白く、きめ細やかな肌。
小柄ながらも、ふっくらとし始めた体の線が女性であることを顕著に示している。
「えっと……こっちを、こう?」
「あ、そこは腕ですよ…これを、腕に…それじゃあ反対ですよ。」
ほのかの指導のもと、何とかして洋服を着ようとしてみるのだが…どうも勝手が違って悪戦苦闘するばかりだ。
「あ、足をそんなにあげてはいけませんよ。」
「だってこれじゃ…動きづらいですよ?」
「大丈夫ですよ、裾がふっくらとしていますから慣れれば気にならなくなります。」
ふふ、と楽しげに笑うほのかを横目に、何となく彩架が口を開く。
「ねぇほのかちゃん…楽しんでる?」
その問いに、ほのかはにっこりと天使の笑顔で、言った。
「ええ、とても。」
……シスター、最強。
「……どうして突然あんなことを?」
そして、礼拝堂で待たされている(彩架たちが今いるのは御神槌の私室だ)御神槌がぽつりと呟く。
その問いかけの相手は楽しそうに…本当に楽しそうに椅子に腰掛けていた。
「突然というワケじゃないさ…ただ、やってみたいと、思って。」
笑顔に嘘はない。
ただ、その様子に御神槌は不快感をあらわにしている。
あからさまに溜め息をついた御神槌に、クリスは笑った顔のまま口を開く。
「もうすぐ、だろう?」
「……ええ。」
だが、もうすぐ、という言葉の意味がわかったらしく、御神槌が顕著な表情に戻った。
そう『もうすぐ』だから。
「だからさ、やっておきたいことはしておかないと…楽しみを先に取っておくのは、嫌だし。」
それが気になって倒れたりしたら、嫌だろう?
と、クリスが御神槌に問いかける。
彼人は、複雑そうな表情を浮かべるだけだ。
「私は……『伝え』られるでしょうか…?」
独り言のような呟き。
問いかけられるかのような声色だった。
だからクリスも明後日の方向を見据えたまま、独り言のように呟く。
「帰ってきたら、『伝える』つもりなんだろう?」
だったら、帰ってこよう。
そう、暗に言うクリスに、御神槌も伏せていた顔を上げる。そして、ふ、と柔和な笑みを浮かべた。
「そうですね……帰って、来ましょう。」
それから先のことは、またその時になって考えればすむことだ。
「おまたせしました。」
「あ、あの、やっぱりほのかちゃん…やめよぅ…」
「OH! 着てくれたのかい、サイ。見せてくれ。」
と、言いつつ扉の影に隠れていた彩架を、ひょいっと(軽々と)クリスが出させる。
ほぅ、と誰かが溜め息をついた。
「あ、あぅ……」
「……神父。」
「な、なんでしょう!?」
突然話を振られてしばし見とれていた御神槌が、びくっと全身で反応する。
そこへ、クリスがぐい、と御神槌を彩架の前に引き出した。
「感想を一言。」
笑顔でそうのたまってくれたクリスに、御神槌の顔が凍り付く。
これは、これは……拷問ですか、主よ!!
と、心のなかで叫ぶ御神槌の前弐は。彩架が、いる。
ああ、はやく言わなければ。
何か言わなければと思うのに、その気持ちばかりが先行してしまって言葉にすることができない。
側でクリスが笑っているのがわかる。そして、ほのかの肩を抱いて、『席を外そう』と囁いたのも。
ああ、そういうことはわかるのに、今、この言葉だけがわからない。
「御神槌さん…?」
ああ、早く。
その頃、教会の外では、クリスが呑気に空など見あげて、心配するほのかを軽く止めていたりもした。
ちなみに。
彩架がどんなドレス姿になったのかは……クリスと御神槌。それにほのかと彩架の…『内緒』、だ。
それからクリスが贈った洋服の半分は、彼に返されたらしい。(だって高いから)
<終わり>