変化 参〜そうどう〜
その姿は、日頃からは想像もつかないものだった
だからこそ衝撃に襲われ、
何より
幸運だ、と、思う己がいたのだ。
静まりかえっている広間。
九角邸では、普段から実動部隊として働いている各々の面々が集まっていた。
男性陣…1人をのぞいて…は皆、一様に表情が硬い。
と、いうより未だこの事態に理解がおいついていないといった風だった。
女性陣はいつもと同じように和やかにそこに座っている。
いつもなら来ない雹が、ガンリュウとともにそこにいるのが珍しいというくらいであろうか。
そして。
村の長であり、鬼道衆の頭でもある天戒が、何とも言えない表情で上座に座っていた。
その、少し前に着物姿…十二単では動きにくい、ということもあり雹にまたもや連れ去られ、違うものに着せ替えられた…の彩架が座っている。
びくびくとしたその様子。
悪いことは別にしてはいない。
いないのだが……この状況は、『男性』方にとって非常に気まずいものでもある。
「………彩。」
そこでようやく天戒が口を開いた。
「は、はい! なんでしょう、若!!」
声に反応して彩架が顔をあげると、しゃらん、と小さく簪が響く。
その音に、いつもとは違う小綺麗にした彩架に、天戒の日頃は冷静な頭がストップしかけていた。
「お前…」
そして。
「どうして、女装などしているのだ?」
言ってしまった。
沈黙。
沈黙。
非常に気まずい沈黙。
天戒様ったらなんてことを、と桔梗が口を開きかける。
だが、一歩遅かった。
「ひ……秘拳・黄龍ーーーーーーー!!!!!!」
ずががん!!!!
と、凄まじい音が、屋敷中に響き渡った。
「落ち着け、落ち着かぬか彩架!」
「うわぁん、若のばかー!!!」
「天戒様に向かってなんてこと言うんだい、彩架!(気持ちはわかるけどさっ!)」
「若のあほー! ぼけー!! おたんこなすー!!! 老け顔ーーーーー!!!!」
普段ならめったに言わない悪口を連発しつつ、彩架が半ば泣きながら先ほどの失言…ああ、もう、そりゃあ女の子に対してこれ以上の失言はないだろう…
…失言をのたまってくれた天戒に、秘拳・黄龍どころか鳳凰までも発動させようとした彩架を女性2人(雹はガンリュウで、だが)で必死に抑え付ける。
はじき出された勢いで壁に叩きつけられた天戒を、九桐と風祭が急いで助けに向かった。
役立たずの男性陣は何が何だかわからず、と言った雰囲気でその場に座ったままだ。
「若…いくらなんでもこれまでの経緯から言って、あの言葉はないかと…」
いつもなら天戒のフォローに回るであろう九桐も、半ば頭を抱えながらそう呟く。
風祭は天戒を助けに行ったものの、未だにこの状況の把握が出来ず、唸りながら頭を抱えていた。
「……うむ…さすがに……俺も、まずいとは…思った。」
なんとか起きあがりながらも全力の黄龍をくらった天戒は、頭にできたこぶをさする。
「…あまり動かないほうがいい……」
そう言いながら、回復のできる面をかぶった弥勒が天戒の側に行く。
ようやくのところで体の傷を治した天戒が、いつもの威厳はどこへ…と言った風に、彩架のほうを見る。
雹と桔梗に宥められ(未だにガンリュウに抑え込まれているが)、ゼイゼイと息を吐きながら涙目で天戒のほうを睨んでいる。
いつもなら笑って許す彩架がここまで怒りをあらわにしている。
つまり、天戒はそれはそれは傷つける言葉を言ったわけで。
何気なく御神槌のほうを見ると、ニッコリとした表情で…ただし、背後に
「彩架さんを泣かせましたね、このあんぽんたん(笑顔☆)」
と、いうオーラを背負っているような気がして顔を背ける。
壬生のほうは、と見ると。無表情のまま、しかし手を『村正』の柄にかけ、
「謝れ。さっさと謝れ、この野郎(無表情怒)」
と、いうオーラをにじみ出している。
ここですでに他の者たちの反応を見るに忍びなく…と、いうより恐ろしくなった天戒が、あらためて彩架のほうを見た。
「………………すまん。」
素直に謝罪し、そのまま胡座を組むと彩架のほうに頭を下げる。
確かに自分は悪いことを言ったのだから謝るべきであるし、ここでもしおかしなことを言えば…
彩架を気に入っている鬼道衆の面々からねちっこい嫌がらせをされるのは目に見えている。
(桔梗と雹、それに九桐でさえそれに加わるだろう。彼女らにとって、彩架はかけがえのない存在なのだから)
それに、と、天戒は頭を上げた。
謝られてようやく落ち着いたらしい彩架が、ぽんぽん、とガンリュウの手を叩く。
『もう離しても大丈夫』という合図なのだろう、それに気づいた雹がガンリュウの手を離させる。
彩架は、乱れた髪や着物を桔梗に直してもらいながら、その場に座り直した。
「……して。もう一度、聞こう。」
今度は言葉を選びながら、慎重に声を出す。
彩架は、まだ、話さない。
「どうして男の格好をしていた? まあ、お前が女だと気づかなかった俺にも非はあるが…」
それは男性陣も聞きたかったことであった。
全員の視線が一斉に、彩架に向く。
そこで落ち着いたばかりの彼女が、うーん、と一つ、呻った。
「聞かれなかったからです。」
こーん………
「ば……バカかお前はーーー!!!」
何かの尾が切れたと言わんばかりに、風祭が叫ぶ。
その声に驚いた彩架も、びくっとして小さくなった。
「普通言うだろ! いや、気づかなかったというか、疑いもしなかった俺も悪いけどさっ!
(それはごもっとも(全員、心の声))
でもな、そういうとき否定とかしろよ! なんで男扱いされてる時に否定しなかったんだよ!!」
「……からかわれてるのかなーって、思って…」
またしても、沈黙。
だがその返答が風祭の何かに火をつけた。
「バカかっ! ていうかバカだろお前!! どーしてっそこまで気が回らないんだよ!!!」
「あぅっ風祭さん、怒らないでくださいー!」
これが怒らずにいられるかーっと叫ぶ風祭。
しかしどうやら『衝撃』とやらに一番始めに立ち直ったのは彼らしかった。
すでに『いつものように』彩架をなじりになじっているし、態度も変わっていない。
そのことが少なからず彩架を安心させているようである。
「だいたいなっ…! 女ならちゃんと身なりぐらい整えろよ! どーしてお前はそう着るものに無頓着なんだっ!?」
「あ、あの、男もののほうが安くて…」
阿呆ーーーー! と、渾身の力をこめて叫ぶ風祭。
そろそろ加熱する彼を止めたほうがいいだろうと桔梗が動く。
その前に、大きな影がむんず、と風祭を捕らえた。
「だめだぁ、坊主。女の子にそんなごどいっだら可哀想だぁ。」
泰山である。
今までぼんやりと成り行きを見守っていた彼が突然動きだし、風祭を止めたのである。
頭をとられ(手で押さえられ)動けない風祭が抗議の声を上げる。
だが、泰山は気にせず、軽く風祭を九桐のほうへ放り投げた。
そう、放り投げたのである。
何やら凄まじい物音が聞こえたが泰山は気にせず、ひょい、と彩架を抱え上げる。
「ぞれにしでもびっくりしただぁ…彩架どんが女の子だっだなんで、おで、気づがなくっでごめんなー。」
本当にすまなそうに言う泰山に、彩架もおろおろしながら彼の頭を撫でる。
彼は彩架が、男だとか女だとかそういうことには主においていないのだ。
だが女の子を『男』として扱っては失礼だということぐらいなら、わかった。
子どものように純粋な泰山は落ち込むと本当に落ち込んでしまうところまで落ちてしまう。
(まあ、泰山の謝罪は他の皆にもあたることだが)
「いいんですよ。いつもああいう格好してた私が悪いんですし…ごめんね、泰ちゃん?」
よしよし、と子どもをあやす要領で泰山の相手をする。
本気でしているのだから悪気もなにもない。
そしてその言葉を聞いた泰山も、ぱっと顔を上げた。
「許じでぐれるだか?」
「許すもなにもないですよ。ほら、泰ちゃん、元気だして。」
と、そこで彩架が皆のほうにも振り返る。
元はといえばこの騒動は、もっと自分で気が付くべきところもあったのだし、先に謝っておこうかと口を開く。
「彩架どーんっ!」
「ぅきゃぁ!」
だが、それよりも早く、またしても泰山に歓喜の抱き上げをされて、彩架が驚いた声を上げる。
「お前やっぱええ奴だなぁ。おで、お前のごど大好きだぞー。」
「あ、あはは、やだ、泰ちゃんたら! あはは、やめてよぅー。」
そのまま『高い高い』まで始めた泰山にまわりはしばし言葉もなくその行動を見る。
まあ、仲が良いのはいいことだ。
とてもいいことなのだが。
「泰山さん、そろそろ彩架を降ろしてはどうです? いつまでも抱き上げていてはダメでしょう。」
それが御神槌によって止められる。
仲がよいことがあまり面白くなかったのか、それともこのまま高い高いを続けていて彩架の体がぽーんと、放り投げられるのを気遣ってなのか。
(前者が強いが両方、と言ったところだろうが)
「ぉう。御神槌、悪がっだなぁ。」
「いえ、わかってくださればいいんです。」
「お前もやりだかっだんかぁ。」
「そうやりた………はいっ!?」
どこをどう解釈すればそうなるんですかっと叫びかけた御神槌だったが、それよりも早く1人で納得した泰山が、ぽん、と彩架を彼の前に降ろす。
そして、どうぞ、と言わんばかりに彩架の手を取り、御神槌の手も取り、握らせる。
その、行動に。
ボンッという音がしたかのように、御神槌の顔が赤くなった。
「え、え。み、御神槌さん?」
大丈夫ですか、ともう片方の手を御神槌のほうへ伸ばし掛けた彩架に、御神槌もようやく我に返る。
「い、いえ、だ、大丈夫ですっ! すいません、その、えっと…」
「はい?」
ああ、可愛らしく小首なんて傾げないでください、という声なき声を御神槌が上げる。
何やら後方の男性陣からの視線がかなり痛いものがあるのだが、今はそれさえも気づけない。
「どしただが?」
泰山も不思議そうに御神槌のほうを見る。
彩架も心配そうに眉根を寄せた。
そんな彼女の様子に、何やら意味不明な言葉を連発するしかない御神槌。
そう、彼は、今壮絶に、照れているのだ。
「御神槌はん、ずるいでー。俺にも触らしてぇな。」
と、そこへひょいっと們天丸が顔を出す。
そして言うが早いかどうかで、ぽむと彩架の頭を撫でた。
「しっかしこないな別嬪さんやのに気づかれへんかったとは…俺の心眼もまだまだやなぁ。」
1人で納得する們天丸に彩架も小さく苦笑をこぼす。
「…よく似合ってはいるな。」
そこに弥勒もやって来て話に加わった。
彼にしては珍しいどころか、国宝級の珍しさの褒め言葉だったのだが、それは們天丸に一瞬、睨まれる結果を生んだ。
「あ、ありがとうございます。もんちゃん、弥勒さん……」
照れつつもただ単に『褒められた』と思った彩架が答える。
そしてしばし会話は続けられるわけだが。
「完全に忘れられてますね、若?」
その蚊帳の外で、九桐がのんびりと天戒にそう伝える。
だが主君のほうをこぶを抑えたまま、動じた様子もなく、フッと息を吐いた。
「よいではないか、これであいつのことも少しはわかった…それに。」
「それに?」
何です、と質問する九桐に、天戒は答えた。
「そうとわかれば、方法は色々とあるだろう?」
………成る程。
と、思う。九桐はしばし楽しげな笑みを浮かべて彩架のほうを見た。
また文句を言いにきた風祭を泰山が軽く止めている(遊んでいるのだろう)。
雹と桔梗も、今度は何を着てみたいかと、彼女に尋ねていた。
御神槌も、いつの間にか背後にいた壬生に鎖で叩かれ、我に返った。
們天丸と弥勒の睨み合い(端から見れば、弥勒はいつもと変わらないが)が続く。
奈涸はいつもの態度で彩架に話しかけているし、嵐王も…いつものように遠巻きに彼らを見ている。
そして自分は、と言うと。
「師匠。」
区切りのいいところで彩架に呼びかけると、彼女がこちらに振り返る。
「よく似合うよ、着物。」
『外』だからこそ、余裕の態度で褒める。
ありがとうございます、と嬉しそうに彩架が笑った。
「…尚雲。」
「なんでしょう?」
「お前は、わかっていてやっているのだろうな?」
さて。
それはどうでしょうかとはぐらかして、九桐が笑う。
そんなこんながありながら…鬼哭村は今日も、実に平和だ。
それからしばらく。
彩架の元に、天戒や奈涸たちから花飾りや着物、洋服などが贈られることになるのだが。
やっぱり彼女は、その真意に少しも気づくことはなかった。
<終わり>