櫻舞 壱−おもてとうら 前編−  



いつでも求めていた。

いつでも変わらずにあった。こいつの背はいつも、そこに。





  「龍吟の如く、鮮麗と天翔るは、陰!」
  「龍笛の如く、轟破と天貫くは、陽!!」

   土を強く踏みしめる音が同時にその場に響いた。
   地下深く潜ったそこで、巨大な『化け物』を相手に小柄な少年はスッと身構えて叫ぶ。

   少年の言葉…それは『言霊』に近い。口にすることで力を持つかのようにも、自分自身の力を高めるものとも思える…に合わせて、少女が静かに組み手を解く。
   その瞬間、化け物が吼えた。
   ビリビリと振動する大気を感じながら、それでも少年と少女は動こうとしない。

   一心に前を見据え、化け物を見つめて『気』を整える。

   化け物がさらに咆吼とともに動きだそうとしたとき、もう一つの気配がその前に立ちはだかった。
   一瞬、化け物の思考が新たに現れた気配…頭に子猿を乗せた少年に移る。
   それをつぶさに感じ取って先の少年と少女は同じタイミングで動き出した。

   走り出し、お互いが『位置』へと走り込むと構えを一斉に変えた。
   それが何かを化け物は知るよしもない。

   だが、化け物がその動作に気を取られたその時に、子猿を連れた少年が構えて、言う。

  「明白 陰之道 就 能体会力 頸力之處!」

   この国の言葉ではなかった。大陸の言葉であるが、それを理解できるような知能を持つ化け物ではない。
   ただ、その『言葉』が力を持ってあふれ出すのを本能的に察知した。

   構えた少年から放たれた精錬な『気』が、他の2人の体にも移り、その身にあふれ出した『気』と融合していく。

   化け物が本能でも自分の力が敵わないところを知ったところで、もう遅い!
   思わず後ずさった化け物を見て、少年…子猿を連れていないほうの、だ…はニッと笑みを浮かべた。
   それがあまりにも挑発的だった。それを見た化け物が自分とは『格が違う』相手であることさえ忘れて、少年に真っ先に突っ込んでいく。

   咆吼が地下空洞に伝わり、耳障りな反響音を起こすが、それさえ気にせず少年は口を開いた。

  「真の龍の力、くらいやがれッ!!」

   言葉は正しく力を持ち、三人の体から『気』を溢れ出させた。
   怪物に向かって跳び、一気に放つ。






  「神龍天昇脚!!」






   最後の化け物が、ドウッと倒れ込む音を聞きながら、三人は地面に降りた。
   飛び上がった後なのだが『方陣技』を放った後だからか、落下の速度は弱まっている。

   舞い上がる土煙が少々眼に染みたが、少年はそれさえ気にせずに指を指しながらすごい勢いで振り返った。

  「さんさん! 技のスピードが遅ぇぞ!」

   終わった後の言葉がこれだ。
   偉そうに指を指されながら私的された少女、彩架は苦笑いを浮かべながら頬をかいた。

  「ごめんなさい。いつもどおりやってたつもりなんだけど…」
  「それが駄目なんだッ! ちゃんと俺の技に合わせろよな!!」

   指をさされながらも少女は困ったように笑うばかりだ。
   それさえも気に入らないのか少年、風祭はイライラしたように叫ぶ。

  「お前はどーしてそんなにヘラヘラしてんだよ! もうちょっと緊張感を持って…」

   言いたいことを言いながら彩架のほうへ近づいてきた風祭だったが、その眼前にもう1人の少年、劉が立ちふさがる。
   とは言っても、ただ風祭の進行方向に歩いてきて、その場で立ち止まっただけだが。

   それでも邪魔をしようという意味はみてとれ、風祭が眦をつり上げる。

  「てめぇ、邪魔すんじゃねえ! 俺はさんさんに…」
  「そこまでだよ。師叔はいつもどおりやってる。そっちが早くしすぎてるのに文句を言うのは筋違いだろ。」
  「なんだと!?」

   怒りで声を荒げる風祭だが、劉は何処吹く風で相手を見据えている。
   その頭でキィキィと声をたてる子猿。別にどうもこうもないのだが、その声が自分を馬鹿にしているように聞こえたのか風祭の機嫌が先ほどより急降下していった。

  「だ、駄目だよ、こんなところで喧嘩しちゃ…劉くんも、私が悪いんだから気にしない…」
  「違う。師叔は悪くない。こんな難癖つけられてるのに、師叔はどうして黙ってるんだ。」

   劉の言うことも最もではある。もっともではあるが、この場合、相手が悪い。
   火に油を注いだ形になったのを見て、彩架は心のなかで飛び上がっているのも、きっと2人には伝わらない。

   青筋など浮かべ始めた風祭と、正論を言っている劉には、きっと。

  「なんだとこの野郎ー!!!」

   そして始まった毒舌合戦(熱い風祭と冷静な劉。はっきり言って不毛な言い争いだ)を止める術が、彩架にはなかった。



  「……すみません、お手数をおかけしてしまって…」
  「いいんだよ。さーさんが気にするような事じゃないって。」

   コロコロと笑いながら慰める桔梗に、はぁ、と言って彩架は下げていた頭を上げた。
   視線の先には、九角からこってりとしぼられている風祭、それに醍醐からお説教を受けている劉の姿がある。

   彩架の視線に気づいたのか、側にいた京悟が軽く彼女の頭を叩いた。

  「そう気にすることはねぇよ。しっかし、さーちゃんも大変だよな…あいつらが一緒で。」

   そんなことは、と言いかけたところで、彩架はもう一度風祭と劉を見た。
   実はこの言い争いは今回が初めてではない。
   これまでに何度も、しかも方陣技をやったあとに必ずと言っていいほど巻き起こるのだ。
   (しかし、まだ敵がいる場合は2人ともそうはしない。全て片づけたあとで言い争いを始めるあたり、まだ救いようはある)

   風祭が難癖をつけてくるのはいつものことだし、突っかかってくるのも日常茶飯事なので彩架もその辺のところは慣れたものだった。
   難癖をつけられるのはきっと自分に落ち度があるのだろう、と思っているところもある。
   
   勿論、彩架に落ち度はほとんどなく、つっかかってくる風祭のほうが何かにつけて言うだけである。
   
   それをまわりのものも知っている。だが、それが風祭の表現の裏返し…彼は、筋金入りの天の邪鬼だから…であることも何となくわかっているため、ある一定のところまでは放っておいた。
   あまりにもひどいと止めるし、そのあとは九角が蕩々と説教をする。

   その前に風祭が切り上げる場合が多かったので、九角の説教もそんなには多くなかった。

  「……それが劉が来てから激化しちまったわけだ…」

   ぽつりと呟いた京悟に、桔梗も同じことを考えていたのか深く何度も頷く。

   そう、劉という新たな方陣メンバーが加入し、新しい技も出来るようになったと彩架が喜んだのもつかの間。

   いつものように風祭が彩架に言いがかり(と、いう名のスキンシップみたいなもの)をつけていたところで、劉がそれを止めたのだ。
   しかも火に油を注ぐような言い方で、だ。

   『それはお前のせいだろう。』だの、『お前は自分のことが見えてないのか? 師叔のどこに落ち度があるんだ?』などと、言うものだから風祭も気が短いほうなので、言い争いが激化してしまう。

   売り言葉に買い言葉。
   罵詈雑言の大安売り、もしくは叩き売り。
   そんなこんなで、元々の悪口の相手である彩架を置いてけぼりに、2人の言い争いはいつまでも続くことになることがしばしばだ。

   そのたびに風祭には九角が説教をし、劉には醍醐(大きいし、説得力もあるから)が説教をして、ようやく納めている。
   それでも2人の仲はとにかく悪いらしく、同じ場に置くことさえ、いつ爆発しないかとひやひやして見守らなければならない。

   だったら戦いのメンバーを一緒にしないほうが、という意見もあった。

   しかし今のところ彩架も、風祭も、劉も重要な戦力のひとつになっている。
   おまけにこの三人の方陣技は使い勝手もいい。
   先に彩架と風祭が『双龍螺旋脚』を使い、そのあとに『神龍天昇脚』を使い出すことが出来るからだ。

  「まあ、説教の間に休めるから別にいいんだけどねぇ…」
  「こう何度もあっちゃ、さーちゃんが大変だろ。」

   と、2人に同意を求められた彩架だったが、彼女は笑って首を振った。
  
  「そんなことないですよ。風祭くんも、劉くんも戦いの時は絶対喧嘩なんてしませんし。」
  「…それは当たり前だろ…」
  「そ、それに、良く言うじゃないですか。喧嘩するほど仲が良いって。」
  「それもちょっと度が過ぎてる気がするのは気のせいかい?」

   ことごとく京悟と桔梗につっこまれてしまい、言葉をなくす彩架だが彼女自身は2人を嫌っている様子はまったくなかった。

   むしろ、風祭と劉が彩架をネタに喧嘩をしている節がある。
   風祭が彩架につっかかるのは彼なりの一種の『好きな子ほどいじめたい』という感じにも似ている。
   しかし劉は気に入っている彩架を悪く言われれるのが気にくわない。

   だからこそ巻き起こる喧嘩だ。
   彩架は、その事実に気づいている様子はない。ただ、あまりにも喧嘩が多いのでどうしようか、と困っているくらいで。

   そのことには気づいている他の面々だが、言っても彩架が気づくわけはない。
   また、風祭と劉にそのことをつっこんでも怒るか否定するかしてしまうに違いない。

  「…まったく…」

   はぁ、と桔梗が溜息をつく。
   同じく京悟が腕を組んで深く頷いていた。

  「面倒だな(ねぇ)。」

   2人同時にそう言ってはみたものの、近くにいる彩架は首を傾げるばかりで気づく様子はなかった。

   本当に、面倒なものだ。




  「おら、行くぞさんさ…!!」
  「師叔、今度はこっち。」

   次の階へと進み、敵と対峙した面々。
   いつものように背後にいるはず(側にいたほうが方陣技が使いやすいので)の彩架に声をかけようとした風祭だったが、それよりも早くぐいっと彩架の手を引いて劉が走り出した。

   いきなり手を取って走り出した劉に、思わずつんのめりそうになりながらも慌てて体勢を立て直す彩架だったが、驚いてそのまま口を開ける。

  「ちょ、ちょっと劉くん!?」
  「いっつも風祭と一緒じゃ狡いよ。今度は俺と。」

   ええーっ、と言う声が響くなか、目前から彩架を連れ去られた風祭は唖然とした。
   そしてようやく思考がまとまると側に近寄る化け物や幽霊も完全に無視して、ブルブルと怒りで震え出す。
   
   拳を握り込み、怒りで気を増幅させながら…皮肉にも、その『気』で化け物たちが怯む…叫んだ。

  「あのやろー!!!」




   2人の仲が改善しそうな見通しは、今のところまったくと言っていいほど、ない。





  
 <終わり>