感触〜てざわり〜
不可抗力とはいえ。
女の子に対してしてはいけないことがあります。
…当たり前でしょ?
はじめて感じたのは、柔らかい感触、だった。
背中の後ろにある、不可思議な感触。
自分では持ち合わせていないものだ。おまけにこれは、どこかで同じような感触があったような覚えすら、ある。
いつだったかなど、思い出そうとするのだが逆に思い出さないほうがいいような気さえしてくる。
思い出したら、それはそれで混乱しそうだったからだ。
今は戦いの後。
先ほど、醍醐と彩架とともに方陣技なるものを使って敵の親玉をようやく倒したところだ。
その倒した瞬間だった。
普段なら強い閃光と、音だけだというのに今回は…爆風まであったのである。
方陣技の途中で地に降りた直後だった自分にそれがもろに当たってバランスを崩した。
醍醐のほうは常人…いや、普段からの足技中心の技のせいか少しぐらついただけですんでいるらしい。
彩架のほうもまたしかりである。
無手が中心とはあるが、何も足を使わないわけではなかった。
自分だけが、がくっと思い切り体勢を崩したのである。
『……京梧さん!?』
それに気づいたのは、わりと近くに着地していた彩架だった。
急いで自分の側まで来たかと思うと、体勢を立て直す手伝いをしてくれた。
肩と腕のほうに手をおいてくれたのだが…なにしろ体格が違った。
彩架は自分よりも一回りも、下手をすると二回りも身長が低い。
醍醐から見るとまるで親と子どもの違いすらあった(一度、本当に間違らわれて2人とも複雑そうな顔をしていた)
だから、バランスを崩したまま…彩架のほうへと、倒れ込んでしまったのだ。
どさっと倒れ込んでしまう。
彩架を下敷きにしてしまったので、しまった、とは思ったが…
それよりも先に、ふにゃ、と感じたことのない柔らかい感触が、した。
そのまま倒れ込んで、しまう。
彩架のほうは咄嗟に受け身を取ったらしい。いたた…、と呟くだけで他に外傷などないようだ。
「きょ、京梧さん…あの、大丈夫ですか?」
どこか怪我は、と話し掛けてくるのだが京梧のほうは硬直したままだ。
その様子に彩架が首をかしげる。
仲間達が大丈夫か、と駆け寄ってきたので、それに返事をしようとしたとき…
「彩架。」
がばっと京梧が起き出し、凄い勢いで彩架のほうへ振り返ってきた。
彩架はびっくりするが、それでも呼ばれたので、はい、と一応答えておいた。
「悪い。」
何が、と彩架が聞くよりも先に、京梧の手がふにゃ、と彩架の胸を触った。
一瞬その場が固まった。
触られているほうの彩架しかり、駆け寄ろうとした仲間達しかりである。
ただ一人、京梧だけが真剣な表情をしていた。
「………柔らかい…」
その一言で、ぷち、と彩架のなかで何かが切れた。
「ひ……み、み、み、深雪っっっっっ!!!!」
どかぁっと。
京梧は本日、敵よりもさらに綺麗に、吹き飛ばされていたのだった。
「京梧さんの阿呆ーーー!! ぼけなすーーーー!!! 破廉恥浪人ーーーー!!!!!」
と、いうわけで。
その後、彩架がわんわんと子どものように泣き出したのでまず女性陣がハッと我に返り彼女を慰めることにした。
男性陣はとりあえずワケが分からなかったが、涼浬と小鈴が京梧の頭を叩いておく。
「京梧クン! いつかやるとは思ってたけど…何も触ることないでしょ!!!」
「そうです……しかも感想まで言うだなんて…」
何もそこを強調しなくても、と小鈴がとりあえずツッコミなどを入れておいた。
凍結の効果までくらって固まっていた京梧だったが、ようやくにして自我を取り戻した。
いや、罵倒されるよりも先に問題にすべきことがあっただろう、と。
「さ…彩架、お前…女だったのか!?」
そう、問題にすべきはそこである(京梧の方法はどうかと思うが)。
その質問によって事態が把握できなかった男性陣…醍醐と、武流・十郎汰(2人は戦闘後なので元に戻っている)が我に返った。
そして聞き慣れない単語にまたしても唖然としてしまう。
おいおいと泣きながら美里に縋り付いている彩架のほうは答えられそうにもなかった。
ので、かわりに美里がさらりと、
「ええ、そうよ。気づかなかったんですか?」
答えた。
その答えでますます恐慌状態に陥る男性陣と…なぜか怒り出す京梧。
「気づかなかったんですか? …じゃねぇよ! 気づくわけねぇだろ!!」
「そうかぁ? だって、緋勇さ、とってもめんこいぞ?」
いや、確かに可愛いけどさ…と言いかけて口を閉じる。
「男の恰好して、おまけに腕っ節もあって…それに…それに俺が一緒に風呂に行くかって言ったとき、うん、て言ったんだぞ!!!」
その話にしばし固まるその場。
ああそうだ、確かに固まるようなお言葉である。
いくら彩架が『男』だと思われていたとはいえ、今は一応、『女』だとわかってもらっている。
これは少しお仕置きを。
と、いうわけで。
「『大天使の呟き黄金の剣よ…雲を払い、闇を切り裂け!!』」
美里による『お仕置き』。『大天使の黄』が京梧に襲いかかった。
吹き飛んでいく京梧を放っておいて、よしよしと未だに泣き続ける彩架の頭を撫でる美里。
怖い、と一同が思ったがそれはそれである。
「………なにするんだよ!!」
回復の早い京梧であった。
少しばかり焼けこげた後を残して走ってくるあたり、普段より回復のほうも早いのかもしれない。
だが叫ぶ京梧を、美里はキッと睨み付けた。
その厳しい視線に京梧も、ウッと呻く。
「いうよりも先に、することがあるでしょう? 京梧さん…」
す、することって…と、思い、ちらと下を見る。
美里の胸で泣き続けている彩架だ。
まあ確かにすることはある。
あるにしても先に……と、言いかけるが、先にピッと京梧の首筋に冷たい刃の感触。
「……謝ってください。」
静かに、しかし殺気をたっぷりと込められて涼浬に脅される。
…いわなかったらまず、殺されると京梧は思った。
思って…確かに、自分のほうが悪かったのだろう。
はぁ、と溜め息をつくと涼浬のほうへ視線を送る。
なるべく真剣な表情をしておいたので、涼浬のほうも意図がわかったのか首筋からくないを退けた。
自由になったので、すたすたと美里と彩架のほうへ近づいていき…片膝をついて、視線をなるべくあわせる。
「悪かったよ…俺も、ちょっと…その、混乱しててな。」
男で親友だと思っていた相手が実は女で……
いや、性別などあまり関係ないのだが…それでも驚くのはまた、事実で。
「本当に悪かった! このとおりだ、なんならもう一発『深雪』を叩き込んでくれたっていいんだぜっ?」
いや、それをされたらお前、今度こそあの世行きだからと、男性陣が心のなかで思う。
だがどうやら、京梧の誠意…深く頭まで下げているのである…は通じたらしい。
ようやく泣きやんだ彩架がゆっくりと美里の胸から顔を上げる。
泣き続けていたせいか、眼が赤い。
大丈夫? と美里が心配そうに聞くと、こくりと頷いた。
「ご、ごめんね、藍さん…着物…濡らしちゃって…」
「いいのよ、このくらい気にしないで…それより。」
京梧のほうを指す美里に、彩架もそう、と振り返った。
未だに頭を下げたままの京梧。常ならこんなことはしないだろう。
だけどそれは真摯に謝ってくれていることを意味している…彩架もそれに気づいて急いで京梧の肩に手を置いた。
「ご、ごめんなさい…あの、驚いちゃって……その、凍結…大丈夫でしたか?」
そりゃあもう効きましたよ、とはいわずに、大丈夫だ、とだけ伝えておく。
そして京梧が顔を上げて…しげしげと彩架の顔を見た。
その視線に首をかしげながらも、その場から動かない彩架。
確かに。
睫毛もよく見れば長いし、顔も可愛らしい。
所々に丸みはあるし、胸のほうはサラシをきつく巻いているのだろう(おかげで外見からは全然胸があるとは見えない)。
小さい体。細い手や、足。指も細い。
これでよくあの剛拳が出せるものだ…と思いつつ、ふと、気づく。
「なぁ、彩架…」
「は、はい?」
「お前、髪伸ばせ。」
へ? と彩架が遅れて、声を発した。
「どうしたの、京梧クン。いきなり…」
「そうだぞ、蓬莱寺。話の意図がよく…」
まわりから何か言われるのも構わず、京梧は続けた。
「涼浬は髪が短いけど『美人』だから女だってわかるんだ。」
おまけにあの脚線美である(言わなかったけど)。
「小鈴は…まあ少々わかりにくいが、あれでも女だってわかる。」
餓鬼だけどな、とキッパリと付け加えた京梧の頭を叩き倒そうと小鈴が弓を振り上げる。
それを醍醐が何とか止めている。
「お前はな…『可愛い』から、わかりにくいんだよ! おまけのその恰好じゃねぇか!!」
可愛いと言われて喜んでいいのか、わかりにくいと言われて落ち込んでいいのか。
わからずに混乱している彩架の鼻先に、ピッと指先を突きつける。
ちなみに服のほうは、お金がないからに尽きるがそれは言わなかった。
「…だから、髪を伸ばせ。」
傲慢そのままである。
だが呆然としてしまった彩架は我知らず…こくり、と頷いてしまっていた。
…これが実は、彩架が髪を伸ばすようになった理由でもあるのだ。
『鬼道衆』となった後もこのことが無意識に残り、髪を切らなくなった。
それから。
「あ、じゃあ、今度ボクのお古持ってくるよ! 着てない着物がまだあったはずだから!」
「なら私も…時折、店のほうに着物を持ってくるお客様がいらっしゃいますので…」
女性陣は公に彩架が『女』だと明らかになったので、着せ替えなどしようということになっていた。
(自分から男の恰好をしているわけではなく、ただ『お金が勿体ない』からという理由から胴着…)
「え、あの…」
「あ、あの、僕も…その、美弥お嬢さんから…何か…」
「おらも何か持ってこようかぁ? 緋勇さ、簪とかどうだぁ?」
そしてどうやら仲間内から玩具、というか可愛がられることは明白となったようで。
「ふふふ…彩架さんも、少しはおしゃれをしなくちゃね?」
「あ、藍さぁん…」
困り切った様子の彩架だったが、仲間たちの好意を無駄にするわけにもいかず。
後々まで、そして後の仲間たちからも時折、着物やら何やらを貰うことになるのだ。
どうやら、何処であろうとも彩架の扱いは変わらないらしい。
ついでに追記しておくならば。
次の日の朝早く。
京梧から『一番最初』に贈り物を、彩架がもらったのだ。
中身は可愛らしい簪がひとつ。
「…もらっても、いいんですか?」
「ああ、昨日の詫びのついでだと思ってくれていいぜ。」
もちろん、本当の真意は京梧しか、知らない。
<終わり>