てのひら〜あんしんできるもの〜 




昔からよく言うでしょう?

大切な誰かに触れられたら、それだけで安心できたりするってこと。






   はじめに感じることのできたのは、誰かのあたたかな体温。

   優しく…けれど、そうっと触れてくる指先にくすぐったさを覚えた。
   何だろう、と思って薄く、眼を開ける。

   光が眩しい、ということはなかったが、誰かが自分の顔を覗き込んでいることがわかった。

  「…?」

   誰だろう、と思うよりも早く、視界がはっきりとしだしてきた。

   目の前にあるのは、対照的な漆黒の髪と、黄金の髪。
   同じく黒い瞳が不安げに、青い瞳がどうした、という感じでこちらを見ている。

   何より、顔立ちが違った。

   金髪の『青年』のほうは精悍な、日本人離れした異国の顔立ちだったし、
   黒髪の『少女』のほうはかわいらしい、幼さの残る顔立ちだ。

   それが誰か、と考えて鈍い頭痛がする。

  「……御神槌さん。」
  「神父……気が付いたのかい?」

   声でようやく、霞がかった頭で思い出す。

   彩架とクリスだ。
   2人が自分を覗き込んでいるのだ。
   どうして、と思うよりも早く、ようやく記憶の何かが、蘇ってくる。

   …ああ、そうだ。

   私は、倒れてしまったんだと、ようやく気づいた。



   御神槌が倒れたのは今朝のことだった。

   朝餉が終わったあたりから、体の調子が思わしくないことに気づいた御神槌だったが、疲れているからだろうと
   そのまま布教のほうへと出て行ってしまった。

   もちろん、体の調子は良くなるばかりか、どんどん悪くなっていく。

   村人にいつものように『神の言葉』を話そうとしても、気怠く、頭がぼうっとしていた。

   その様子に気づいた村人の一人が、大丈夫ですか、と問いかけてくる。
   ええ、と答えようとして…そのまま、倒れ込んでしまった。

   倒れた、という感覚が御神槌にはすでに感じられなかった。

   ただ土の感触と、村人達の悲鳴や、こちらのことを聞いてくるような声だけが認識できた。
   やがて、聞こえてきた二つの声。

   …それを知覚する間もなく、御神槌の意識は消えてしまった。



  「…で、神父を部屋まで担いできた、というワケだよ。」
  「そうでしたか…ありがとうございます。」
   
   ゆっくりと御神槌が頭を下げると、クリスが気にしない、という感じの手振りをしてみせる。

  「でもまあ…本当なら、シスターがキミを担ごうとしたんだよ。」

   その言葉に御神槌が目を丸くしてクリスを見た。

   真意のほどを計りかねているようだが、嘘ではないことをクリスは先に言っておいた。

  「さすがに身長が足りなくてね…まったく、無駄に神父も身長があるから。」
  「……クリスさん。」

   冗談だよ、と言ってクリスが笑った。

   クリスは御神槌のことをどこかしらからかっているところがある。
   本人としては彩架とのことを進展なりなんなりしてほしいからだろうが、されるほうはたまったものではない。

   …鈍感な彩架は、ただそんな2人の様子を『仲がいいんだなぁ』と、のほほんと眺めているだけだったのだが。

   毎回のように、何かしらクリスが目論むが(本人はお節介だとは言っている)、効果のほどは薄い。

   鈍感な彩架と、そして照れ屋というか意気地がないというか(桔梗談)女性関係に関してはからっきしな御神槌。
   進展するわけがない。

  「看病のほうもシスターにまかせようと思ってたんだ。ところがキミを担いで来てしまって…立ち去るタイミングを見失ったんだ。」

   もちろんキミのことも心配だったんだよ、とクリスが言う。

   御神槌のほうはクリスの話にはぁ、とこれみよがしに溜め息をついた。

  「…貴方という人は…」
  「お節介ぐらい焼かせてほしいな。神父も、シスターも大切な人だからね…しあわせに、なってほしいんだ。」

   ふわりとクリスが今までの楽しげな笑みから、『保護者』のような慈愛のある笑みに変わる。

   …御神槌も、聞いていた。

   クリスの『大切な人』が殺されてしまったことを。
   守れなかったことを。
   その相手はもう、クリス自身の手でこの世にはいないものになっていたが。
   それでも、忘れられるものではない。

  「…忘れられるものでもないけど…シスターに言われたんだ。忘れていいものじゃないって。」
  「……?」
  「いつか。いつか『その人』のように守りたいと願う人が現れて…『その人』が、もういいよ、って言ってくれた気がしたのなら…
   少しずつでも、『軽く』してもいいんだ、と。」

   ……それはまるで、解釈に困る言葉。

   でも、心に何らかの『波紋』を起こすものだ。

   成る程、と御神槌は口元を綻ばせた。
   ああやはりあの人らしい、とも思った。

   そんな表情をクリスはまた面白そうなものでも見るかのような表情で見ている。

   その視線に気づいた御神槌が咳払いを一つしてみせると、すぐにやめてしまったが。

  「これからの展開としては、キミがもう少し積極的になってくれるといいんだけどね…」
  「ですから…! どうして貴方はそう…」

   

  「御神槌さん、もう起きてても大丈夫なんですか?」


   そこへ丁度良いタイミングで彩架が顔を出した。
   今まで、御神槌の頭の布を返るための水を調達し、桶に入れ直しに行っていたのだ。

   クリスのほうはすぐに反応して言葉を返したが、調子の悪いことをすっかり忘れて白熱しかけていた御神槌のほうはクラリ、と頭が揺れる。
   すぐに返事をしなければと思い、体勢を立て直したが慌てた様子ですでに彩架が御神槌の側までやって来ていた。

   目の前に、黒曜石の瞳。

  「駄目ですよ、無理しちゃ…!」

   突然の出来事に、御神槌の思考回路が一気にショートする。

   ぷしゅー、と御神槌の頭から上がるはずのない蒸気の音がなったような気がした。

   そのくらい、御神槌の頬は紅潮し、汗をだらだらとかきはじめていたのだ。
   わかりやすい反応と言えば反応だった。

   しかし体調が悪いのが祟ったのだろう、いつもより紅潮が酷かった。

   そして。


   ぼてん、と御神槌は後方に倒れてしまったのだ(布団の上だったのが幸いである)。


  「…きゃー! 御神槌さーーーーん!!!」
  「おいおい神父! いくらなんでも反応がひどすぎるよ!!」

   ますます慌てて御神槌の体を揺さぶろうと…して、体の具合が悪いのでそれはやめておこうと、咄嗟に判断して…
   …変わり、とばかりに叫ぶ彩架と。

   あまりの純情(笑)な反応っぷりに驚くクリス。

   2人の声を遠くに聞きながら、御神槌はしあわせなのか不幸なのかよくわからない境地にいたらしい。




   それから数日。

   倒れた御神槌をしばらく彩架が世話することになり。

  「さんさん! 俺との手合いはどーすんだよっ!!」
  「ごめんなさい、それはまた今度に…あ、新しい手ぬぐいってどこでしたっけ?」

  「彩、悪いが話に加わって…」
  「あ、すみません。今ちょっと氷を…嵐王さん、冷たい風って出せますか?」
  「……ああ。」

  「彩君。少し聞きたいんだが、弥勒君の武器を…」
  「弥勒さん、ごめんなさい! 五十猛についてはまた後日!」
  「……………。」

  「師匠、いい加減にかまってやらないと、あいつら拗ねるぞ…」
  「ああ、九桐さん。ちょうどいいところに…えとね、この雑炊の作り方なんですけど…」


   他のすべての仲間のところまでまわることが出来ずに御神槌は病身だというのに、随分と不評を買ったようだが。
   (クリスら一部のもの除く)

   
  「はい、御神槌さん。あーん。」
  「…へ? あの、いえ…私一人で…」
  「あーん。」


   かなり幸せな状態にいたらしいので、気にも留めていないのだという。





  <終われ(笑)>