我儘〜少しだけ〜  




いつもは我慢しているけど、時々言いたくなること。

それが、わがまま。






   「私もみんなと一緒の方陣技がほしいなぁ…」

    今日も元気に霊場に潜る緋勇ご一行様(まて)。
    メンバーのほうも龍閃組だけでなく、鬼道衆の面々もまぜての混合チームとなっている。
   
    そして今日も総勢三十一人が、今日はどのメンバーで潜りに行こうか思案しているときに、彩架がぽつりと呟く。

    龍泉寺地下入り口の近くでたむろしていた面々が、いっせいに彩架のほうを見る。

   「…だんなさま…? どしただか?」
   「ご主人様、何か考え事でも?」

    だからその呼び方は恥ずかしいからやめてね、と付け加えてから彩架が顔を上げる。
   (花音とほのかは、彩架のことをそう呼んで久しい)

    その瞳は、決意に満ちあふれていた。

    だがその決意とやらがいささか厄介なことを巻き起こすことになるのを……
    龍閃組の醍醐と、鬼道衆の九桐は経験上知っていた。
    
   「あのね、私もね、もっと方陣技がほしいなぁって思ったんです。」

    ほら…これだ。

    頭を抱えたい気分になるのを抑え、醍醐と九桐はこれから起きるであろう混乱を憂えていた。

    憂えただけで止める気力もわかなかったのだけど。



  
   「何言ってんだよ、さんさん。お前、俺との方陣技があるじゃねぇか。」
   「俺とのもね。」

    始めに口を開いたのは、彩架と男性陣で唯一方陣技が『2人』で出せる風祭。
   (双龍螺旋脚)
    続いて言ったのは、その2人にあらたに混じって技を繰り出す劉。
   (神龍天昇脚)

    そこにおずおずと美里も手を上げながら加わる。

   「私とのもよ、彩架。」
   (黄龍菩薩陣)

   「……私とのも、です。」

    同じく手を上げた比良坂…裏でこの2人は彩架とのことで色々と言われているらしいが、それはまたおいておくとして。
    (黄泉冥府陣)

    そして最後に。

   「俺と醍醐の奴と組んでのもあるだろ?」
   「ああ、それだけでもかなりの数があるし…それに。」

    龍閃組の締め、として醍醐、京梧が同じく答える。
    (サハス・サーラ)

    そして醍醐が、ちらっと天戒たちのほうを見ると、彼もスッと手を上げて発言する。

   「最初の興継と会わせて俺たちのもあるんじゃないのか、彩。」
   「これで約六つ…メンバーのなかでは種類は多いだろう…師匠、まだ何か必要なのか?」

    槍を持ち上げた九桐が彩架に話す。

    彩架のほうも、うん、と曖昧に頷いて答えを濁すばかりだ。

   「…あの…我が儘なんですけど…えと、私との方陣技って…あとからいらっしゃった人のはほとんどなくって。」

    それは確かに。

    劉と比良坂をのぞけば、方陣技の主体となるメンバーはいわゆる『初期』からいるものたちばかりだ。
    まあそれにも不満はないのだ…ないのだが。

    あとから続々と入るメンバーには、それぞれの相手が着実に作られている。
    なのにこちらにはそれがないのが少しばかり寂しい。

   「じゃあ試してみちゃどうだい? どうせ今の仲間は全員いるんだし、何かやってみるとかさ。」

    そこへ話を聞いていた桔梗がぽつりと、呟いた。

    しかしこれが。


    悲劇(喜劇?)のはじまりである。


    その言葉に、方陣技に入っていないメンバーのほぼ全員(おもに男性陣)がいっせいに彩架のほうへふり向いた。

    動きたるやなんとも機敏なもので…だが、彩架のほうは、素直に、
    わーい、新しい方陣技だーv と喜んでいたからきづけなかった。

   「はいはいはーい! じゃあさ、さーちゃん、ボクとしようよっ! ボクだけなんだよ、さーちゃんと方陣技ないの。」

    先に手を上げたのは小鈴だ。

    まあ確かに初期の龍閃組メンバーで唯一、彩架との方陣技がない。

   「おや、それならあたしだってそうさ。ねえ、さーさん? あたしと一緒に何かしてみないかい?」

    同じく桔梗が彩架のほうへ近寄る。
    桔梗もまた、鬼道衆の主要人物のなかで唯一、ない。

   「あ、ずるいよっ。はじめはボクとー!」
   「小娘はお出じゃないよ。」

    さらりと、桔梗にしてはからかいのつもりだったのだろうが、小鈴はかちん、ときたらしかった。

   「ふんだ、おばさんには言われたくないねっ!」

    ああ、それも地雷…と、美里が小鈴を止めようとしたときにはもう。

    遅かった。

    ぶちっという音とともに何かがキれた2人が、思い思いの武器を手に取る。

   「なんだって、この胸無し小娘ーーーー!!!」
   「ふんだ、たれ乳おばんーーーーー!!!」

    乱れ飛ぶ『奥義・火龍烈火』と、『四角四堺・鬼邪滅殺』。

    呆然と事の成り行きを見ていた彩架の肩を再び、ぽん、と叩く人。

    振り返ると、我関せずの表情で御神槌とほのかが立っていた。

   「どうですか、彩架師。一度私たちと術で試してみては…」
   「え、でも私…術、使えない…」
   「気でもいいんですよ……それにご主人様は様々な属性を持つお力を使えるんですから。」

    なるほど、つまりその『技』にほのかと御神槌の技をのせるのか、と彩架が納得しかけた。

   「よぅ、さーたん。なら俺たちのほうに来ないか?」

    そこへ、同じくほのかとの方陣技の相方である火邑が話に乱入してくる。

    俺たち、という言葉の言い回しに彩架が首をひねる。

   「…俺『たち』?」
   「五行のだ。お前なら御屋形様みたいに俺たちの力を増幅できるだろう?」

    まあ、力を貸すとかそういう意味もあるわけだが、それは口には出さなかった。

    火邑。意地の現れである。

   「彩様。わらわとそなたとするのを楽しみにしておるぞ。」
   「………確かに火邑の言うことも一利ある、からな。」
   「兄弟と一緒にやるの、おで、嬉しいどぉ〜。」

    と、そこで考え込んでいる彩架の耳に、何名かの声が聞こえてきた。
   (最近、彩様とも呼ばれるようになった。恥ずかしいからと断っているのだがやめてくれない)

    彩架が顔を上げると、確かに先のほうで雹や泰山、嵐王らがそこにいる。

   「御神槌もこっちだろう? ならちょうどいいじゃねえ……」
   「OH! ずるいね、火邑。それなら彩架はこっちに入るべきだろう?」

    そこへクリスまでも話に入ってきた。

    ひょい、と彩架の肩を持つと、そのまま自分のほうに向き直らせる。

   「シスターは黄龍だ。なら、僕たち四神のほうにこそ入るべきだ。」

    四神、ということはほのかも一緒である。
  
   「え、私も…ですか?」
   「そうだ。それにほら、向こうにも。」

    と、クリスが指し示したほうからこちらも三人の声がした。

   「俺はすでに持っているからやめておいたほうが…」
   「君がいないと四神は完成しないよ。諦めて入っておきたまえ。」
   「……彩架殿…あの、その……あの…」

    他にと顔を上げると涼浬や奈涸、彼らに捕まった醍醐までもいる。
   (口ごもっているのは涼浬だ。奈涸に、恥ずかしがらずに、と諭されているようだがそうもいかない)

   「なんだとこら。」

    だが、クリスの突然の乱入(自分だってしたのに)に、火邑のまなじりがつり上がる。
    しかしクリスも涼しい顔をしたままだ。

   「なめんじゃねぇぞ、このエセ南蛮人が。」
   「そっちこそ因縁なんてつけてほしくないネ。」

    バチッと両者の間で火花が散った。
    慌てて側にいた御神槌とほのかがフォローに入ろうとしたが。

    遅かった。

   「消し炭になりやがれ!!」
   「僕のGUN捌き、見せてあげるよ!!」

    一斉に距離を取ったかと思うと、同じタイミングで自分の武器を取り出す火邑とクリス。
    そしてやはり乱れ飛ぶ『GO TO HELL』と『炎術奥義・焔獄輪』。

    それを見た醍醐と涼浬、奈涸がやめろとクリスを止めに掛かり。
    やはりそれを見た雹、泰山や嵐王がいいかげんにしろ、と火邑を止めに掛かる。
    御神槌とほのかもそれにかりだされるが、2人の遠距離からの打ち合いは終わらなかった。

    ああ、だからどうしてこんなことに…と、彩架が唖然としてしまう。
    そして今度はひょい、と一人の人物が彩架のもとにやってきた。

    気配すらも読みとれないほど早く、ということはやはり……

   「彩々。もめとるようやったらわいんとこ来んか?」

    扇をひらひらと左右に遊ばせながら們天丸が笑ってそう言う。

    と、いうことは他にも誰か同じように待っている人が…と思っていると、們天丸がその意がわかったかのように向こうのほうを指す。

    見ると、壬生と真那が珍しく一緒に立っていた。
    2人とも彩架が自分たちのほうを見たのに気づくと、真那が嬉しそうに手を振り、壬生は軽く会釈をする。

   「さっちー。うちらとやろー! うちとな、們天丸とさっちやったらええ漫才ができるでー!」
   「…飼われたものではない、というところ…見せてもらうとしよう。」

    真那の申し出に半ばこけそうになりつつ、壬生とともに楽しそうだな、と眼を細める。

    面白そうだ。と思っていると…でも、そう思うとやはりまた…

   「真那が一緒なら僕もできるのではないかな?」

    やはりいいタイミングで今度は梅月が話に入ってきた。

    その言葉に們天丸の眼が険しくなったが、そんなもの知ったことではない、と無視している。

   「それに、僕とならもう一人…真那も同じく、もう一人できるからね…」

    スッと優雅な動作で扇子で後ろのほうを示す。

    彩架が梅月を越えて見てみると、そこには弥勒と葛乃。
    そして葛乃に手を取られておろおろしている美里がいた。

   「彩さんと…か。ならば新しい句を作らねばな…」
   「あっはっはっはっは! 大将ー! あたしとなら美里と真那だけじゃなくて、他の奴らともの広がるよー!」
   「あ、あの…私はもう彩架とのもありますし、入ってはあまりよく…」

    確かに彩架と美里はすでに『2人』だけの方陣技がある。
    だが葛乃は豪快に笑って、あんたがいないと真那とのが使えないじゃないか、とばしばしと背中を叩く。

   (美里の体が少しばかり揺れたが、葛乃は遠慮無しである)

    そこでさすがの彩架も気づく。
    このパターンだと、このままだとやはり……

   「あんたはお呼びやないで、三流俳人。」
   「ふ。芸術のわからないやんちゃ坊主には言われたくはないな。」

    始まってしまった。

    目の前で始まった2人の激しい睨み合いに、彩架が止めてもらおうと口を開く。
    そしてそれはお約束のように。

    遅かった。

   「じゃかましい! この人生の負け犬がー!!」
   「ふん、言ってくれるね。ただのちゃらんぽらんな野良犬風情で!!」

    そう宣言すると、彩架の体を同時に向こうのほうへ下がらせてから、2人揃って扇と短冊を取り出す。

    そして乱れ飛ぶ『未来不』と『吟詠拾弐』。

    それを見た各面々が慌てて們天丸と梅月を止めに入る。
    こんなところで破壊力のある技を連続して使うつもりか、と無理矢理止めに入った。
    しかしながら先のメンバーと同じくそれは止める間もなく……


    
    その日。
    地下入り口で繰り広げられた激しい戦いは、一日中終わらなかったという。



   「……彩…いいな。今後はこういうことがないように、あるもので我慢するんだ。」
   「そうだぜ、さーちゃん。まあ気持ちはわかるけどよ…」

    二大剣士である京梧と天戒にそう忠告され、彩架がその場で正座したまま、はい、と頷いた。

    後ろに広がるのは戦いの痕。
    なんだかもうまわりに鬼でもいれば一撃で吹き飛ばしそうな勢いである。

    その攻撃の張本人たちも、他の面々からお叱りを受けていた。

    



    余談だが。

   「緋勇! そんなにもめるなら俺たちと一緒にやらねぇか!!」
   「おう、共に江戸の平和を守ろうぜ!!」
   「あなたならきっといい緑影になると思うわっ!」
   「あちしの発明にもいい参考になりますしね。」

    そう言って大宇宙党の紅影、黒影、桃影と支奴が彩架を誘った。
    彩架が喜んで頷こうとしたのだが、それは風祭と九桐、比良坂と劉によって止められた。

    まあ彩架が緑影、など言って変な格好をしたら、それはそれで他の面々が泣きそうである。


    ただ、泣きそうな彩架を美冬が何も言わずに、ぽんと肩を叩いて慰めた。
    ちなみにこの混乱に加わらなかったのは絶対にこういう混乱が起こるであろうことを予測したからだ。

    彩架を泣かせるのも、忍びなかった。



    ゆえに。
    彩架の方陣技はやっぱり前出のものだけになった。



   

    今日も何気なく平和な一日である(何処がですか)。



   <終わり>