お買い物〜はじめてのおつかい〜  



心配はするものです

とくにこの子なら、なおさら。






  「……と、いうわけで、誰かお使いを頼まれてほしいんだけど。」

   いつものうららかな午後。
   桔梗のその一言から、うららかどころか波乱じみた一日にすり替わるわけだが。

  「すまん。今日は王子の骨董品のほうまで行くんだ。」
  「俺も嫌だぜ。それに今日は御屋形様の用事もらってるし。」

   いつもの買い物要員である、九桐と風祭がそう言う。

   買い物、というかお使いの内容は、『港まで行って頼んである珍しい魚を引き取ってくる』というもので、
   当初は桔梗が行く予定だったのだが、急ぎの三味線直しの仕事(しかも厄介)が入ってしまって行けない。

   しょうがないから下忍の1人にでも、と思って席を立とうとした。

   その時、くぃくぃと桔梗の着物が引っ張られる。
   何だろうと思い振り返って見て…桔梗は、珍しく固まってしまった。

   風祭や九桐、上座に座って本日の仕事を片づけていた九角も、またしかりである。

   桔梗の視線の先にいたのは、彩架だった。

   しかもお使いをやりたそうな眼差しで桔梗を見つめている。

   まずい、と思った。
   ああ、あたしというものがこの子の存在を忘れていただなんてっ。と思っても、もう遅い。

  「桔梗ねぇさん……」

   ああ、お願いだからおねだりモードに入らないでおくれっと心の中で桔梗が叫ぶ。

   何だかんだ言っても、桔梗も彩架には甘い。
   それに心配にもなる。この、どっかの変な輩にすぐに連れ去られてしまうような彩架を1人で買い物へなどと……
   (つい先日も吉原に連れ込もうとした男がいて、桔梗と風祭が散々痛めつけたばかりである。
    彩架は強い。強いが…どうでもいいところで、鈍い)

  「…さーさん、あのね…」
  「……だめ?」

   首までかしげて聞かないでっと桔梗は再び叫んだ(心の中で)。

   こういう場合、このおねだりを跳ね返すことができる者はまだ、1人としておらず。

  「…………頼んだよ。」

   涙ながらに桔梗がそう言ったのを見て、その場にいた男性陣が固まる。

   …平穏な一日は、彩架の喜びの声とともに閉じられることとなる。




   1人で行くから大丈夫です、と付き添いをしようと申し出た天戒たちにそう言ってやんわりと断った彩架が鬼哭村を出てから、一刻。

  (皆さんはお仕事を続けておいてくださいと、笑顔で言った。続けられるわけなどない)

   いつもの胴着ではなく、貰ったばかりの薄い色合いの着物を着て歩いていく彩架。

   手には紙切れ。もう一方の手には空の籠。
   途中でつんできた花を持ち、鼻歌など歌いながら往来を歩いていく。

   その後をつけていくのは…やはり、この面々。

  「…奈涸には今度謝っておかないとな…」
  「……皆、すまぬ…俺はあいつを放って仕事などできなかった…」
  「はぁ、これは今夜徹夜でもしないと駄目みたいだねぇ…」
  「…なんで俺まで…」

   鬼道衆の四人がぞろぞろと歩いているわけだから多少は目立つのだが…今の彼らに気づく余裕などまるでない。

   子どもではないのだから1人でお使いくらい…と、下忍たちは言いかけたのだが。
   その1人でお使いをするのが、あの彩架だということを説明すると全員が揃って。

   『どうぞ、いってらっしゃいませ。』

   と、口を揃えたのだからすごいものである。

   彩架の強さは誰もが下を巻くほどなのだが、如何せん、性格がぽやっとしている。
   それを下忍たちも重々承知していたのだからわかりやすい。

   最後には涙をこらえて、「彩架様を、よろしくお願いします」とまで頼むほどであった。

   この話は勿論、御神槌たちの耳にも届くことになるのだが、騒ぎになる前に四人は出発した。(尾行に)

   誰がついていくかで一悶着を起こしていては見失ってしまうと、踏んだからである。

  (あとで各個人の最強技を放たれそうだが、それはそれである)

  「…どうだ、彩の様子は。」
  「今のところ問題はないようで……? あれは…」

   頭が常人より一つか二つ分高い九桐が先のほうにいる彩架の行動を見る。

   そして訝しげな表情をしたまま、黙り込む九桐に三人が首をかしげて通りの先を見る。

   そこに、見慣れたちゃんまげ頭がいるのをみとめる。

  「あれは…八丁堀の旦那だね。与助の奴はいないみたいだけど…」

   見ると御厨が、彩架に何やら話しかけているようだった。

   着物姿に驚いているようだったが(つい先日、ようやく女であることを伝えたばかり)、それでも途中からは親しげに会話を交わしている。

   楽しそうな様子に、少しばかり機嫌が悪くなる。
   もちろん、その人物は…

  「…なんだよ…楽しそうにして。」
  「…………」

   チッと舌打ちを打つ風祭と、無言の天戒である。

   その様子に桔梗が、まあまあと宥めるように手を振る。
   九桐のほうも苦笑を浮かべるばかりだ。

   ……と。

  「てぇっへんだてぇへんだーーーーー!!」

   いつもの五月蝿い声が聞こえてきたかと思うと、ばたばたと足音まで聞こえてくる。

   ああ、これはもしや、と桔梗が思うと、やはり四人の前に十手の与助が現れる。

  「桔梗さん、なんでこんなとこ…」

  
  「管狐!」
  「鬼道・変生!!」
  「龍刺!!!」
  「昇龍脚!!!!」


   綺麗に吹き飛ばされた(呪詛つきで)与助であった。

   何やらものすごい物音がしたが、一瞬で、しかも四人が一斉に攻撃をしかけ、瞬時にその場から移動したので気づかれることもなく。
   まわりでなぜか吹き飛ばれている動物…がいたのだが、なぜかはようとしてしられない。

  「たくもぅ、さーさんに知られたらどうするんだよ、あのバカ…」
  「思わず全力でしてしまったが…生きているかな。」
  「しらねぇよ。だいたい、あいつなら殺したって死なねぇだろ。」
  「今回ばかりは意義なしだ。」

   こそこそと物陰で会話を交わす四人。

   まわりで動物虐待だ、などと騒いでいるがそれどころではないので、そぅ、と彩架のほうを見る。


  「……? どうしたんでしょう…なんだか騒ぎになってる。」
  「…そうだな。俺の出番か。彩の字、わざわざ呼び止めてすまなかったな。」

   騒ぎのほうでようやく、御厨と彩架は気づいたところだった。

   2人の会話は他愛のないのないもので、どこへ行くか、とか、元気だったか、とか、その程度のものである。
   御厨も、他の面々と同じく彩架のことは『可愛い』とは思うのだが、そちらかというと妹のような感じで接している。

   与助のほうが何やら言っているのだが、それをやんわりと止めるのも御厨の役目であった。

   すでに彩架の側にいる何人かが、彼女に特別な感情を抱いているのは知っていたし、
   そうなった場合、与助がちょっかいをかけると大変なことになる(色々と。与助のほうが)。

   榊のほうも、どうやら彩架の屈託の無さや、礼儀正しさに感銘を受けているらしく、時折、町で話し掛けていたりするらしい。
   
   それでも、榊があの調子なのでやはり、御厨と同じく『妹』という感じが強いのだろう。
   よく、余り物だからと言っては団子を手渡したりしている。

   御厨は、橋渡し役というより、やんわりと止めたり、見守ったりすることが多い。
   だからこそ、彩架は妹、なのだ。

  「じゃあな、彩の字。
   何かあったら遠慮無く言ってきてくれ。」
  「はい、御厨さんも、お仕事頑張ってくださいね。」

   それでも、笑顔で言われると悪い気がしない。

   確かに悪い気はしないのだが、それだけである。
   さて、仕事に…というところで振り返る。

   その御厨の視線の先に、見慣れた三人の姿と見かけない赤毛の青年が、いた。

   両者は言葉もなく、しばし見つめ合い……黙り込み。

   …………どんな顔をしていたかは、両者とも驚きで忘れるほど。
   とりあえず、再び喧騒が聞こえたと思って、ハッと同じタイミングで我に返る。

  「……ふふ…」
  「ははは……」
  「へへ……」

   意味のない笑い声を出し合ってから、そそくさと自分達が向かうべきところへ向かう。

   ちなみに。
   先ほどのものは見なかったことにしようと、心に誓ったのと。
   つまり彼らは彩架のおつかいを見守っていることを察した。
   御厨は、とりあえず心の中で手など合わせておいたという。



   さて、そのあと。

   道に迷いそうになっているのをさりげなく助けたり。

   おかしな浪人が眼をつけようとしたところをかたっぱしからやっつけたり。

   団子などの誘惑に負けそうになるのをハラハラしながら見守ったり。

   内藤新宿にいる奈涸や、ちょうど面の納品に出掛けていた弥勒らに見つかったり。
   (ついでにうまく言いくるめたり)

   とにかく、彩架が魚をもらって鬼哭村に帰ってくるまで、天戒たちに気が休まる瞬間がなかった。
   (おまけに、鬼哭村に彩架がつく前に各々の位置に戻っていなければならなかったので、余計に、急いだ。)
   (下忍たちがさりげなく話し掛けたりして時間稼ぎもしてくれたようだった)

   

   笑顔で戻ってきた彩架に、よかったな、等のことを言う天戒たちだったが、疲労はピークに達しており。

   その後、仕事も手がつかずに四人全員が倒れるように眠り込んだのは、まあ。
   しょうがないと言えば、しょうがない。




   『教訓:彩架のおつかいは、誰かが一緒に行ける時のみ。』



   と、いう暗黙の了解が鬼道衆の面々に発動された。

   そしてそれから、彩架は一人でおつかいは、できないでいる。



   


   余談だが。

   龍閃組のときも似たようなことが起きていたりする。
   ただ、それだけの話である。





  <終わり>