夢 弐〜こぼれおつるもの〜  




こぼれおちていくなみだ

なのになみだのぬしは、うれしそうにわらっていた






  「こっちにみんな集まってるんだっけ?」
  「ええ。鬼哭村の人もみんな…一度、顔合わせをしておこうって。」

   寺のなかを歩きながら、比良坂と彩架はそんな会話をしている。

   確かに主要な人物達が提携を結んだとは言っても、その場にいなかった人だっているのだ。
   それに、これからの連携を取る意味をかねても、一度顔合わせをしたほうがいい。

   そんな意見が出され、鬼道衆である天戒がそれに応じる。

   京悟も最初はそんなもの必要ない、と渋っていたのだが…美里の囁きで、嫌々ながらそれをみとめる。
   (美里は「彩架が悲しむわ」と言ったのだ。これは効果覿面だった)
   他の面々も渋ることなく、それに了解する。

   元々、何名かは個別に(というより私的に)友好関係を交わしていたし、一度、話し合いをするのも悪くはない。

   そう結論づけられて、今日に至る。

  「みんなが一斉に集まるのって始めてだもんね…でもよかった。」
  「…?」
  
   彩架の嬉しそうな呟きに比良坂が首をかしげる。

  「私だけ…とか……ちょっと、怖かったから。」

   あれから。

   京悟たちが鬼哭村に来てから、龍閃組の面々は『思い出して』いったのだ。

   此処ではない、違う場所の出来事を。
   『彩架』がいた、龍閃組のことを。

   その度に不思議な感覚…と、いうよりわけのわからない感覚に襲われていたらしいが、それでも彩架が会いに行くと快く出迎えてくれる。

   葛乃にばしばしと背中を叩かれて大笑いされたり、美冬に少しばかり剣のことを教えてもらったり。
   (2人とは敵として戦った記憶もあった…それでも、態度に変わりはない)
   梅月の元へ真那と一緒にお菓子をもらいに行って、勉強に付き合ったり。
   大宇宙党として日夜駆け回っている武流や、十郎汰、花音たちのところへお手伝いに向かったり。
   長屋に行ってはほのかを手伝いつつ、支奴に式神についてあれこれ教わったり。
   劉を連れだって涼浬のもとへ骨董品を見に行ったりもした。

   みんな、あたたかく彩架を迎えてくれた。

   記憶のことは時折もらしていたが、それでも『仲間』として認めてくれたのが嬉しかった。

   ………みんなを、裏切っているのではないかという、思い。
   ずっとそんなふうに押し潰されそうだったのを、仲間達は助けてくれた。
   鬼道衆の面々にも説明をして(彼らにも、『記憶』はあった。だから大まかな話は通じたし、わかってくれた)。

   ごめんなさい、と。

   九角の屋敷の一角で、彩架はそう言って頭を下げた。
   
   騙していたという思いが心をしめつけていた。
   苦しくて、でも言い出せなかった。

   そして、鬼哭村が闇に包まれた数日後。
   みんなが集まっている前で、彩架は謝罪した。
   斬ってくれても構わないとさえ、思った。

   『……彩。お前は、俺たちの仲間だ。』

   だが、返ってきたのは優しい、天戒の声。

   そして桔梗もまた、何を言ってるんだい、ところころと笑って彩架の側へ寄ってきた。

   『あんたが、あたしたちのためにしてくれたことは嘘なんかじゃないんだろ?』

   それは疑いようのない真実。
   鬼道衆として、否、1人の人間として彩架がしてきたことは、確かに相手の心の何かを響かせていた。

   『師匠。気にすることはない。君が来て、鬼道衆は変わった。いい方向に、変わったんだ。』

   だから泣くな、と九桐に頭を撫でられ、彩架はぼろぼろと涙をこぼした。
   泣いていると、風祭が素っ気なく…しているつもりなのだろうが、あまり意味はない…手ぬぐいを彩架に差し出した。

   『馬鹿野郎…んな情けない顔すんじゃねぇよ!』

   一言だけそう言ってむくれてしまった。桔梗が風祭を叩いていたけど、それが彩架には嬉しかった。
   天戒も、九桐も笑っている。桔梗もおかしそうに笑って、最後に取り残された風祭が怒り出す。

   それがまたおかしくて…嬉しくて。もう一度だけ、彩架は泣いた。

   ああ、この人達は、と愛おしく思った。
   何度も何度も思ったことだけど、もう一度、はっきりと思った。

   愛おしい、と。

   そしてそれは…新たな決意に変わる。

  

  「…怖かったけど…でも、決意にもなったから。大丈夫。」
  
   心配そうな顔していた比良坂にそう伝えると、彼女も嬉しそうに微笑んだ。

  「行きましょう。皆さん、もうお待ちですよ。」

   がら、と寺にある本堂の扉を開ける。

  
  「お、来たか、さーちゃん!」


   途端に掛けられる、声。

   なかを見るとすでに仲間たちが全員集まっていた。
   そして思い思いに話をしたりしている。
   その空気は、あたたかいものだった。

   明るい髪の剣士…京梧が、彩架と比良坂のところまで歩いてくる。
   どうやら今まで、壬生や天戒、美冬に雹(ガンリュウの腕に抱かれている)らと話し合いをしていたらしい。
   彼らも彩架の姿を見つけると、口々に名前を呼んでくれた。

  「へへ…聞いてくれよ、今あいつらと話してたんだけどな、新しい方陣技の案が出てきてよ…」

   楽しそうに話す京梧。すでにわだかまりは取り除かれているらしい。
   (戦いのことですっかり意気投合したのだろう)

  「さーちゃんさーちゃん。あたしもね、クリスたちと話してていい技を思いついたんだよ!」

   そこへ小鈴もやってきて熱心に彩架に告げる。
   京梧は苦い顔をして小鈴のほうへ振り返った。

  「おい、小鈴。今俺が話してんだから、あとにしろあとに!」
  「ずるいよ、京梧ばっかり! あたしだってさーちゃんに言いたいことがあるんだから!」

   さーちゃんがこっちに帰ってきても、京梧ばっかりじゃん、相手してるの!と、憎まれ口をたたく。
   その言葉に何名かの面々が殺気立ったのだが、それは秘密だ。

  「…彩架殿…あの…私も少し、よろしいでしょうか…」
  
   そう言って静かに涼浬が近づいてくる。
   控えめに近づいてくるのはいつものことだが、それは人との接し方が未だに慣れないせいだということは彩架もよく知っていた。

  「涼浬。あまり控えめにしていると、京悟たちに彩君を取られてしまうぞ?」
  「あ、兄上…! 取られるだなんて……」
  「やあ、彩君。こんな妹だが、相手をしてやってくれないかな。君が京梧たちとばかり遊ぶから近頃むくれていてね。」

   兄上!と真っ赤になって返す涼浬に、奈涸は悪びれもせず軽く笑って謝罪する。

   

   ああ、幸せだな、とふと彩架は思う。


   みんながいてくれて、笑ってくれて…私のことを、仲間だって…友だちだって思ってくれて。

   嬉しい、なぁ…… と。


   ぽた、と


  「彩架殿も何か…………! 彩架殿っ!?」

   涼浬が珍しく怒って奈涸のことを彩架に言おうとしてふり向き…それがすぐに驚愕の声に変わった。
   奈涸も事態に気づいてふり向き、どうしたんだい、とすぐさま心配そうに聞いてくる。

   他の面々も滅多に聞けない涼浬の驚きの声に振り返り…口々に彩架のことを案じることを言う。


   彩架の瞳。

   ぽたぽた、と。

   黒曜石の瞳から、涙がこぼれ落ちていた。



  「彩架…」

   隣で静かに事の成り行きを見つめていた比良坂が、そっと彩架の腕に触れる。

   そのあたたかさで、彩架はようやく我に返った。

  「…あ……ご、ごめん。急に…涙が…出ちゃって…」

   おかしいなぁ、と少しだけ笑いながら涙を拭くが、滴は次々と溢れ出して止まらない。

  「なんや、いじめられたんかっ! さっち、いじめられたんか?」

   心配そうに彩架の側まで来て服の裾を掴む真那に、ようやく違うよ、と言う。

  「説得力ないやん! 誰や、彩々泣かしたんは……京梧、おのれかー!」
  「なんでそこで俺になるんだよ! さーちゃん泣かすような真似、誰がするかっ!!」
  「さーたん。おい、言ってみろ。何があったんだよ。」
  

  「………守る、から…」


   ようやく彩架が口を開く。
   その力強い声に、全員の行動が止まり、静まりかえる。

   涙に濡れた顔を上げて、必死で、彩架は言った。

  「守るから! 今度こそ…絶対に……誰も、いなくなったりしないように…守って、みせるから…!」

   力の限り守ろうという、優しい決意になる。


   すべての人を守ろう。
   せめて、私の大切な仲間達を…悲しませないために。
   私の知る、色んな人たちがこれからも笑っていけるように。

   守ろう。


   脳裏に未だ、焼き付いて離れないあの光景を、もう二度と引き起こさないためにも。

  「……ばぁか。」

   次の瞬間。

   いつの間にか後ろに回ってきていた京梧の腕に、とらわれていた。
   驚いた彩架がじたばたと暴れ出すよりも早く、京梧が真摯な声で、伝える。

  「俺たちは、仲間だろ? 1人でなんでも抱え込もうとするなよ……俺たちで、守ろうぜ。」

   その言葉に、彩架の心の何かが、優しく音をたてて鳴いた。
   涙が止まって、眼に溜まるだけになった。

   眼を丸くして、それからかみしめるように眼を閉じると…

   うん、と頷く。

   それはきっと、彩架が今までで一番、『綺麗』に笑った顔。



   みんなで、守ろう。



   それが、新たな、決意。
   みんなで一緒に、守っていこうという。














































   それから。

  「…京梧、いつまで彩を抱いているつもりだ?」

   地獄の底から響く声で、天戒が言う。
   まわりもかなり殺気立っていたが、当の京梧は余裕綽々だ。

  「へんっ。俺はいーんだよ。さーちゃんの『相棒』だしな。」

   な、さーちゃん? と聞く京梧と、少しばかり困惑気味の彩架。

   なぜ天戒たちが怒っているのかが、わからないからだ…(気付けよ)


  「彩はすでに鬼道衆の一員だ。お前などに渡すか!!!」

   走り抜ける『九角奥義・閻羅戟閃』。

  「一番はじめにさーちゃんが仲間になったのはこっちなんだよっ!」

   乱れ飛ぶ『剣聖奥義・天地無双』。

   そのあともなぜか延々と喧嘩が繰り広げられていたのだが。
   (もちろん、鬼道衆ばーさす龍閃組で)


  「……ど、どうしよう……」

   1人取り残された彩架は、途方に暮れるばかりであった。


   ちなみに、喧嘩もせず傍観に徹していた真那と泰山と一緒に喧嘩が自然消滅(疲れてダウン)するまで、その様子を眺めるしかなかった。





  <終わり>