〜こわいゆめをみないほうほう〜




声をかけること 頭を撫でてあげること

それから眠っているときに手を繋ぐこと






  「じゃあ皆さん、今日も気合いを入れて潜りにいきましょうね!」

   オー、と声を掛け合ったのは今朝早くのことであった。


   鬼岩窟。
   鬼哭村に住む者であればその存在を知らないものはいないとさえされている場所だ。

   鬼が封じられていて危険だという事に変わらないが、「鬼」たちはそこから一歩も外には出ようとしない。
   結界があって出られないというのも原因のひとつだろう。
   そして、その場所は日頃から訓練をする場所としてはもってこいの場所だった。

   1人でもぐるのは危険だが、大人数でもぐるのならこれほど適した場所はない。

   わき出る鬼は、多ければ多いほど…しかもこちらに襲いかかってくる分…鍛錬としては最適の場所となる。

   なおかつ、ここの「鬼」たちは倒せば時折、何かしらの『お宝』を落とす。

   もしくは奈涸が懐からかすめ取ったりするのだが…それは、さておき。

  「陰たるは天昇る龍の爪。」
  「陽たるは星閃く龍の牙。」

  「伝えられし龍の技、見せてやるぜ!」

   今日も今日とて元気に無手のコンビが一直線に敵をなぎ倒していく。
   その蹴りの凄まじい爆風が、遠くの敵までもなぎ倒してしまうからだ。

   すた、と先ほどの技…方陣技と呼ばれている…を放った風祭と彩架が地面に同時に着地する。

   ほぅ、と息を吐く彩架と、技が遅れたと呟く風祭。

  「2人ともよくやったな。」

   そこへ敵を片づけた天戒が近づいていく。

   若、御屋形様、と対照的な呼び方をすると天戒が笑って2人を制する。
   そして天戒のすぐ後ろから手ぬぐいで汗を拭う桔梗もやって来る。

  「こっちは粗方片づいたよ。あとは…向こうの御神槌と……おや、弥勒と奈涸は戻ってくるようだね。」

   遠くのほうを確かめながら言う桔梗に、天戒がふむ、と頷いた。

  「なら今日はこのくらいにしておこうか。
   ……とは言っても、少々潜りすぎてしまったか…」
  「そうですね…えと、確か今は……」

  「地下約50階…と言ったところでしょうね。」

   と、ようやく敵を片づけた御神槌が戻ってきて話に加わる。

   まあ歩いて戻れない距離ではない。
   距離ではないのだが。

  「あたしはもう動けないよ。さすがに一階から丸々ここまでやりっぱなしじゃくたくただよ……」

   桔梗がまず、そう言う。
   よく見れば呼吸がどことなく乱れているし、疲労の色も濃い。
   (桔梗の使う技は陰陽道の技が多く、それだけに精神の疲労が高い)

  「…すまない…僕もだ。」

   そしてまた向こうのほうから声が聞こえてくる。
   よく見れば大量の装備品を抱えた奈涸(心なしか満足した様子だ)と、
   正反対にぐったりとした弥勒が立っている。
   (弥勒も、『面』のせいで精神力を大きく使い果たしているらしい)

  「なら、今日はこの階で休むことにしようじゃないか。ちょうど、ここの階の『鬼』も退治したんだしな。」

   最後に、一番遠く(奥)まで鬼を追いかけていた九桐も戻ってきて、会話に加わる。

  「ご苦労だったな、尚雲。」
  「何の…若、俺が見たところだともうこの階には鬼は出ません。
   交代で見張りをすれば朝までは持つかと。」

   とは言っても地下なので朝の区別はつかないが。

   それでも休む、という言葉に桔梗が喜ぶ。
   汗くさい体のままでいるのは心苦しいが、疲労は堪えきれないところまできている。
   このまま無惨にぶっ倒れてしまうより、さっさと休息して帰ったほうがいい、と踏んだからだ。

  「なら、あたしは先に休ませてもらうよ。」
  「あ、ずりぃぞ、桔梗! てめぇも見張りやれよなっ!!」
  「女の私にそんなことさせるつもりかい…ひどい坊やだねぇ…っと、さーさん、あんたもこっちに来なよ。」

   桔梗においでおいで、と手招きをされる彩架だったが、当の本人は見張りをやるつもりだったらしく眼を丸くしたままだ。

  「え、でも…見張り…」
  「さーさんも女なんだよ。ここは男衆にまかせてあたし達はゆっくり休むとしようよ。」
  「で、でも…」

   いいから、と強引に押し切られて奥のほうにある比較的、ごつごつした岩が少ないところまで連れて行かれる彩架。

   その様子を見つつ、九桐がやれやれといった感じで肩を竦めてついていく。
   他の者も、それに習って奥のほうへと歩き出した。

   (風祭は、まだ文句がいいたらなかったらしいが)

   

   少しばかり離れた位置で燃える炎を、御神槌はぼんやりと見つめていた。

   あの後、一時の休む場所を確保すると桔梗は彩架の横で眠ってしまい、
   (彩架はおかげで動けなくなってしまった)
   男性陣で、それぞれの見張りの順番が割り当てられた。

   今は二番目の天戒の順番のはずだ…さっきまでは奈涸がしていたが、今では少し離れた場所で背を壁に預けて寝ている。

   そして自分は…、というところで天戒が、お前も休めと、言う。

   御神槌だけではなく、弥勒も…ということは、術関連のメンバーが休むように言われたのだ。

   それは天戒も同じことだったが、自分は剣のほうを多様していたからと強引に押し切る形で、御神槌たちは休むことになった。

   弥勒も今は火の側で目を閉じている。
   九桐は暗い場所でこちらに背を向けて横になっているし、風祭などすでに寝言まで言うほど熟睡している。

   ぱちぱちとはぜる炎。

   …炎は、人にあたたかさをもたらしたという。
   冬の寒さを過ごすためのあたたかさを、料理をするための火を。

   そして、すべてを焼き尽くし、燃やしてしまうのもまた、炎の役目。

   脳裏に残る炎の記憶。
   全てを焼き尽くしてしまった災いの炎。
   消えることのない胸の痛みを、御神槌はどうすることもできなかった。

   ……と、ふわりと、御神槌の投げ出されていた手に誰かが触れた。

  「え…」

   あたたかな指先の体温。
   それに驚いて振り返るといつのまにか目覚めていた彩架が、じっと御神槌を見つめていた。

  「…彩架師……すみません、起こしてしまいましたか?」

   ふるふると横に振られる頭。
   そうではないらしい。

  「……御神槌さんは、眠らないんですか?」

   まわりを気遣ってだろう。声のトーンを落としたまま、彩架が御神槌に問う。

  「ええ…少し、目が冴えてしまって…」
  「でも、御神槌さんもずっと術ばかり使ってたから…寝ないと体が持ちませんよ…?」

   心配そうに問い返してくる。

   彩架を心配させるのは心苦しかったが…なぜか、眠れそうにない。
   『あの時』の記憶が蘇る。

   悪夢が、襲いかかってきそうな気がして、怖い。

   それを口にすることができずにいると、手のあたたかさが広がった。

  「彩架師…?」

   触れられた指先が、いつの間にか御神槌の手を握っていた。

   術を使う以外で、槍も扱うために神父という職業にしては武骨な指先に触れる、柔らかさ。
   そして、炎に負けるあたたかさ。

   振り返ると、彩架は照れくさそうに笑って横になっていた。

  「昔…こうやって父に手を握ってもらったことがあったんです……怖い、夢を見て…眠れない私の…」

   彩架は、すでに感じ取っていたのだろうか。

  「安心、できて…こうやってもらうと、いい夢が見れたんです…」

   御神槌の心にくすぶる悪夢に。
   悲しみや苦しみに気づいて、こんなことをするのだろうか。

   御神槌がしばし呆然として彩架を見つめていると、彼女は慌てた様子で次の言葉を紡いだ。

  「す、すみません! で、でもあの……私、ちょっと…怖い夢みて…だから…」

   嘘が、下手な方だ。

   そう思って御神槌が微笑をこぼす。

   おそらく、感じ取ったのだろう。
   もしくは、誰かから聞いていたのか…御神槌の、悪夢の話を。
   それを心配してこんなことをするのだろう。

  「…ありがとうございます…」

   握られた手に、遠慮がちに指先を絡めると、彩架がこちらを見上げる。

   その先で微笑む御神槌。

  「では私も眠りましょうか…お休みなさい、彩架師…」

   微笑む御神槌にあわせて、彩架もその言葉に嬉しそうに微笑みを浮かべる。

  「おやすみなさい……」

   そのまま目を閉じた彩架に、御神槌もほぅ、と息を吐く。

   繋がれた手は…朝、目覚めるまで離してくれそうもなかったが…
   それでもいい、と思った。

   手から広がっていくあたたかさに、御神槌は心地の良いものを覚えていた。

   座り直し、ゆっくりと目を閉じると広がる闇。
   しかしその闇は優しく御神槌の意識を奪っていく。

   心地の良い眠りに襲われて御神槌もまた、眠りについた。



   炎のようにすぐに人をあたためることのできない指先。
   それでも、そのあたたかさは指先だけではなく、心にまで染み渡る。

   心があたたかくなっていく。



   その夜、御神槌はあの悪夢は見なかった。
   
   変わりに鬼哭村の夢を見た。

   幸せそうに笑う人々と一緒に過ごす夢。
   そしてその先にいる、いつものようににこやかに自分の話を聞く少女。

   優しく笑う……





  「おやおや、気持ちよさそうに寝ちまってるねぇ。」

  「おお、本当だ。御神槌の寝顔を見るとは…久し振りだな。いつもなら誰より早く目覚めて祈りを捧げているのに。」

  「おい、さっさと起こそうぜ! 寝てるのこいつらだけじゃねぇか!!」

  「まあまあ、いいじゃないか。2人とも疲れていたんだろうし…彩君の寝顔も見れたんだしね。」

  「……君の目的はそれかい…?」

  「どうでもいいだろ! さんさん起き……(むがっ!)」

  「静かにおしよ。今起こしたら可哀想じゃないか…ねえ、天戒様。
   丁度いいから今のうちに戦利品の整理でもしてしまいましょう。」

  「…そうだな。まあ昼までには起きるだろう。しばらく放っておいてやれ。」

  「…帰りが遅くなるな…俺は面でも打っておこう。」

  「ここまで来て面打ちかい……君も飽きないね。」

  「そういう奈涸も骨董品に手が伸びてるぞ……
   しかし…御神槌が、うなされなかったのは久方ぶりだな。」

  「……そうだな。いつもならこんな暗闇の底では…悪夢を、見てばかりだったが…」

  「…………………ふん。」

  「それもきっとこのこのおかげさ…ありがとう、さーさん。あんたはやっぱり、良い子だねぇ…」

   次の朝。

   未だ眠りのなかにいる彩架と御神槌のすぐ側でこんな会話が繰り広げられていたのだが…

   それからさらに時が過ぎて、昼前になってようやく御神槌が目覚めるまで、眠りは続いていたという。




   …それからしばらくの間、御神槌は悪夢を見ることはなくなった。

   指先のあたたかさが、残っていたから。




  <終わり>