サイナ=ヴァンスの日記 △月×日(くもり)
『今日、マサキさんから「恋人はいるのか?」って聞かれました。
いない、けど・・・好きな人ならいるって答えちゃいました。
・・・会いたいな・・・あの人と。』
「そういやぁ、サイ。お前さんには恋人とかいるのか?」
その日はまだ夏なのに曇り空で、気温も少しばかり下がっていて。
デッキの上でのんびりしてみるのもいいかな、と思いサイナは停泊中のデッキの上に出ることにした。
アーガマ艦内は広いとは言っても、やっぱり何日も日の光を浴びないのは不健康な気がしたのだ。
一人で行くのもよかったが、なんとなく訓練が終わったシンジをサイナは誘った。
この二人は何となく仲が良く、小声で聞き取りにくい、人の顔を見て話すのが苦手な点で・・・そして何より、外見年齢がよく似ているので友達という位置づけをしあっているらしかった。
・・・それにサイナはああ見えて包容力もあり、仲良くなれば聞き上手でもあるのでシンジも何となく、らしい。
だがさて二人で行こうとしようとしたとき、ちょうどサイナの姿を見つけて話しかけてきたマサキと甲児もその『デッキの外へ行こう』という話に加わり、ついでと言ってはなんだか一人で精神統一などに耽っていたドモンも引っ張り込んで、五人で気持ちのいい風のふくデッキにやってきた・・・のである。
つけくわえるならば、マサキも甲児もサイナが懐いている(仲良くしている)数少ない相手である。
マサキも最初はサイナに赤面症と失語症を併発させlその扱いに困り果てていたものの、彼の使い魔であるクロとシロのおかげでしばらくすれば、その二匹がいなくても自然と話ができるようになっていた。
甲児は、マサキとつるむことが多く三人で何となく話す・・・ということが多く、それでサイナも懐いているのである。
・・・ドモンも、珍しくサイナに懐かれている。
ロンド=ベル内の『お姫様』ことサイナが、何故なんの接点もない(あるとすればパイロットであるということぐらいである)ドモンと仲がいいのかというと、これもレインとの仲立ちがあるおかげであり、何よりサイナが幼い頃からやっている弓道・・・いわば武道で通じるものがあり、なんとなく・・・というところなのだ。
そしてサイナが持ってきたサンドイッチと紅茶を楽しみつつ、ふとマサキがサイナにそんなことを聞いたのだ。
サイナは思わず目を丸くしてマサキを見つめた。
「・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
「だーかーら、恋人だって。いるんだろ、お前ぐらいの歳ならさ。」
同い年ぐらいで何を言っているんだろう、とシンジは思ったがあえて口には出さなかった。
サイナはというとただでさえ大きな瞳をこぼれ落ちそうなくらいまん丸くしている。
「・・・・・・え、えっと・・・その・・・・・・」
困り果てたという感じでサイナがおろおろとする。
・・・赤面症だけで失語症が出なかったのが不思議なぐらいである・・・・・・が、まわりにいる人間・・・何しろシンジとドモン、そして面白そうにサイナの返答を待っている甲児では・・・はだれも助けてくれそうもない。
「・・・いません・・・よ。でも、好きな人は、います。」
真っ赤になりながら聞き取りにくい声で呟いたサイナの爆弾発言に、まずシンジが驚いた顔をした。
「・・・いるん、ですか? サイナさん・・・」
「え、ええ・・・片思いですけど・・・・・・」
「へえ。お前も人並みに片思いなんてしてるんだな!」
「・・・・・・くだらん。」
「で、で? その相手ってのはどんなヤツなんだ?」
ずいっと身を乗り出したマサキに、サイナは困ったような照れたような、そんな曖昧ま表情を浮かべた。
だが・・・ここにいるのがサイナにとって心を置ける相手だけなので、何となく話せるような気がした。
一度、こぽこぽと手元のカップに紅茶を入れ直してサイナはふうっと息を吐いた。
他の四人を見てみると、どんな形であれ自分の思い人・・・という相手のことが知りたいらしい。
ドモンの表情は、掴めなかったが、ここにいるということは『聞けない』ほどの話題でもないということなのだ。
シンジは年頃であるし、マサキと甲児にいたっては・・・まあ、好奇心というものらしい。
・・・短いつきあいからでもサイナはなんとなくそう感じていた。
「・・・優しい人ですよ・・・それに、すごく・・・上ばかり見ている人でした・・・」
「うえ?」
「はい・・・・・・上というより、下を向いて・・・落ち込んだりしないで、明日<そら>を見ていましたから・・・」
なんとなく、思い出して。
ゆっくりと、話しながらサイナは。
サイナの記憶は、今からほんの少し前に遡っていった。
士官学校にいた頃、特別必修科目のなかに『ペアタッグ』というものがあった。
いわゆる男女ペアになってシュミレーション(機械で作られた脳内空想空間においての実践戦闘、ならびに極地などにおけるパートナー同士の絆の深さ、模擬訓練、パートナー同士の実力を遺憾なく発揮できるかどうか・・・などのことをさす)を行うという、そこの士官学校ではすでに伝統行事にすらなっているものだった。
各々がこれは、と決めたパートナーあるいは恋人・・・もしくは好意を持つ相手を誘い、パートナー申請を行うわけなのだ。
だがサイナは。
まず人とのコミュニケーションが苦手、というのが最大のネックになった。
おまけにその頃から『どう扱っていいのかわからない相手』として見られ、当時は表情も感情の起伏も乏しかったせいもある誰も彼女を誘ってはこなかった。
サイナから異性に声をかけることなどでくるはずもなく。
おまけにその身長の低さが災いしてか、『操縦桿に手が届かない』という言われのない噂まで流れ・・・(そんなことが本当であれば、彼女はとっくの昔に士官学校をやめている)
どうせ男女は同数であるし、これは必修なので必ず誰かが自分のパートナーになるのでそれまでサイナは待っていようと思った。
・・・だが運命とは、どちらに転ぶかわからないのだからおもしろいものがある。
その運命の相手(笑)とはじめて出会ったのも、やはり夏場にしては過ごしやすい曇り空の午後であった。
一人で中庭にあるベンチに座り、いつもどおりお弁当を食べていたサイナの前に、珍しく人が立った。
・・・話し相手すらもまともにいないサイナの目の前に現れたその青年は、彼女がゆっくりと顔を上げて彼の顔を見たときに開口一番、こう言った。
「サイナ=ヴァンス。俺と組まないか?」
「・・・・・・はい・・・・・・?」
言われた意味がわからなくて間の抜けた返事をしたサイナ。
しかしその間の抜けた返事の『言葉』が悪かった。
「いいのか! よし、じゃあさっそく行こうぜ!!」
「え、え、え、え?」
・・・どうやら相手は何か勘違いしたらしかった。
組む? どこへ行く? 自分は何かしたのか?
などと頭のなかでぐるぐるとまわっているが、目の前の青年はそんなことおかまいなしで。
「ほら、行こうぜ。サイナ=ヴァンス。」
「あ、あの、サイナでいいです・・・・・・」
「わかった。」
「・・・あ、あの、どこへ、行くんですか? それにおべんと・・・・・・」
「あー、それはあとでもいいだろ? これから行くのは教官室。」
そう言うと青年はさっさとサイナの膝の上に置かれた少し小さめのお弁当箱をひょいっと取り上げた。
よくこんな少ない量でハードな訓練ができるな、と青年は思ったという。
そしていまだおろおろとしているサイナの腕を掴み、さっさと教官室へ向かった。
・・・・・・もしかして、もしかしなくても、青年の言った「俺と組まないか」というのは『ペアタッグ』のパートナーにならないかという誘いであり、教官室へ行くというのはそれを申請するためであった。
・・・だが半ば強引に申請され、そして赤面症と失語症を併発させてしまったサイナの横で青年・・・・・・とは言っても同い年である同期生のレナンジェス=スターロードは『サイナを捜し回っていて昼飯もまだだった!』というので、
なんとなく一緒のベンチに座り、三段重ねの重箱を空にしていくジェスのすばらしい食欲を、サイナは眺めることになった。
だがその日、サイナは話すこともなくただぼーっとジェスを眺めているだけで休憩時間が終わってしまい、二人はそのまま別れた。
次の日。
あれは・・・ジェスが、自分と組みたいと言ってきたのは単なるきまぐれではないのかとぼんやりと考えながら一人でいつもの場所でお弁当を食べていたサイナ。
しばらくすると誰かが走ってくる音がしてきた。
誰か探しているのだろうか、とそう思ってサイナがふっと顔を上げる。
「よ、サイナ!」
それと同時に目の前の青年が弁当箱(今日も重箱だ)を片手にさわやかに笑いながら、サイナに話しかけてきた。
大きな瞳をこれ以上開けないというほどにまん丸くして、サイナが口を開ける。
「・・・ジェス、さん・・・?」
「横、いいか?」
「え、あ、はい・・・」
なんとなく、そう答えてしまって、なぜか昨日と同じ位置に座ってお弁当箱を見事に空にしていくジェスを横目に見ながら。
サイナも自分のお弁当の残りを食べ始めた。
他人が・・・それもはじめて会ったのが昨日だというのに、なんとなくその居心地のよさに。
サイナはお箸を唇にあて、人知れず小さく微笑んでしまっていた。
<続く>
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