例えばこんな平和な一日



サイナ=ヴァンス日記帳 ○月××日(晴れ)
『今日はとても天気がよかった。
戦闘とか、そういうのもなくて、私は久しぶりに平和な午後を楽しんでいた。
・・・そう、たぶん、それなりに、平和な午後を・・・』


 「おねむりなさい このしなやかな腕に 体を横たえ泣きなさい」
 「あら? それって・・・日本の歌?」

  柔らかそうな金髪をいじりながら調子よく歌っていたサイナに、レインが話しかける。
  急に話しかけられびくっと体を竦めつつ、サイナは振り返りレインの姿を見るとほっと目元を和らげた。

 「はい・・・あの、大昔の歌なんですけど・・・」

  ぽつぽつと聞き取りにくいほど小さな声でサイナが話す。
  その様子がなんとなく、臆病な子犬にそっくりでレインはくすくすと笑ってしまっていた。

  ・・・サイナ=ヴァンス。
  連邦軍外部部隊・ロンド=ベルにいる者(とくにユニットに乗って敵と交戦するパイロット達)なら知らない者はいないと言われるほど、『最強』の名を欲しいままにしているゲシュペンストのパイロットである。
  敵をひたすらになぎ倒し、ロンド=ベルのなかでも彼女に敵うものなどいないとすら囁かれている・・・が。
  彼女は人見知りが激しく、おまけに人と話すのが苦手ですぐ赤面症と失語症を併発し、おとなしく控えめで、おまけに背はちっちゃく童顔と・・・
  とてもではないがそんな『すごい』人物だとは、はじめて会った人は誰も気づかない。
  そして知ったらそれはそれでものすごく驚く。
  『あの』マスターアジアがあさっての方向を見ながら

 「・・・・・・・・・・・世界はひろいな・・・・・・・」

  と、呟いたほどである(笑)。
  男性陣にとっては「扱いにくい。というよりどう接していいのかわからない」相手である。
  女性陣にとっては「かわいい。かまいたい。遊びたい」相手である。
  そしてなし崩し的に女性陣におもちゃ(笑)にされ、サイナのか細い悲鳴が毎日のようにアーガマ、もしくはグラン・ガランから聞こえてくるという一種の名物になるほどだ。

  そして。
  サイナは今日も女性陣から逃げてここ、アーガマのデッキに逃げ込んでいたのである。
  レインはおもちゃにしない数少ない相手なのでサイナは少なからず懐いているのだ。
  
 「そうね。聞いたことはないけど・・・歌手? それともアイドル?」
 「歌手、です。えっと、こっこ・・・という歌手で・・・・・・すごくきれいな声なんです・・・それに歌詞を作るのもすごく上手で・・・」

  何となく饒舌になる(しかしどもりがち)サイナを、レインも嬉しそうに見つめ、そして彼女の横に腰を下ろす。
  いつもならぴくっと体を竦ませるのだが、今日はそのそぶりすら見せない。

 「・・・じゃあ、今度貸してくれない?」
 「・・・・・・え・・・?」
 「CD・・・ううん、記録したのがあればだけど・・・ダメかしら?」
 
  レインがそう聞くとサイナがぷるぷると首を横に振る。
  ・・・こうして見ても19歳には、見えない。

 「え、えっと・・・あります。記録したロムがあって・・・でも・・・・・・」
 「でも?」
 「・・・レインさんに、その・・・・・・」
 「合わない?」
 「い、いいえ!! で、でも、ちょっと暗めの曲で・・・・・・」
 「いいわ。そういうの、私も聞いてみたいし、それに好きなんでしょう? サイナちゃんは。」

  そうレインが言うと、サイナの行動がぴたりと止まる。
  そして次の瞬間、ほんの少しだけだが不器用ながらも笑った。

 「・・・はい・・・大好きです・・・!」
 「なら決まりね。今度・・・んー・・・サイナちゃんの都合がついたらでいいから、貸してくれる?」
 「はい。もちろんです!」

  不器用な笑顔が幼く、それでいてかわいく見えてしまうのはこの少女の特権なのかも知れない。
  いつもどこか無表情で、おどおどしている顔しかみせないのでわからないが、サイナは笑えば『かわいい』のだ。
  それもハンパじゃないレベルで。
  そんな顔を見てレインは少しばかり悪戯心が芽生えた。

 「で。さっきの歌の続きってどんなの? 聞かせてほしいな。」
 
  にっこりと、あくまでも『お姉さん』の顔で言ってみる。

 「は、はい・・・えっと、・・・・・・・・」

  そしてからくもそれに引っかかるサイナは、やはり精神的に幼いのかも知れない。

 「帰りたいと目指す海はあたたかく 帰れない 優しい風の中
  次の雨に打たれる時 ひとりだけふり返る・・・・」

  なんとなくゆっくりとしたテンポで歌う。
  そのシンガーの声を、音程を、それから音楽を思い出しながら歌う。
  少しだけ表情が子供っぽいサイナの様子を見つつ、レインはそんな彼女の歌声を気持ちよさそうに聞いていた。
  掛け値なしで、声がきれいなのだ。
  そのままうららかな午後が過ぎようと・・・・・・しないのがここだったりする(爆)。

 「ん・・・・・・? あれは、サイナにゃ?」

  その歌声を聞きつけた一匹の黒い猫・・・マサキの使い魔(ファミリア)であるクロがこっそりと物陰からそれを見た。
  猫よろしく日向ぼっこをしようとデッキまでやってきたのだ・・・サイナにとって、不運なことに。

 「・・・なんだか落ち着くにゃ・・・・・・そうにゃ! みんなにも聞かせてあげるにゃ!!」

  と、言いつつ集音マイク(ちなみにニナとリツコからもらったもので、コードレス入らず。スイッチ一つで艦内すべての電源がオンになっているスピーカーから流れるというジャック用の特別製。それをクロとシロがもらった)を取り出し、スイッチオン。


 『と、いうわけで両パイロット・・・・・・・・・ガガガ・・・・』
 「・・・・・・? なんだ、壊れたのか?」
  
  そしてその時ちょうど艦内放送があった・・・・・・すべてをオンにして。
  何しろ探しているパイロットが極度の方向音痴で有名なマサキと、音楽を一人で聴いていることが多いシンジである。
  どこにいるかもわからないので(マサキに至っては迷子の危険性すらある)すべてをオンにしていた・・・不運なことに。

 『世界中にこぼれる愛を 集めて全てあなたにあげましょう・・・』

  もちろんオンになっているせいでサイナの歌声は艦内に響くことになる。

 「・・・だれだよ、これ・・・シンガーか?」
 「いや、これって・・・もしかして・・・・・・・ゲシュペンストのパイロットのサイナ=ヴァンスじゃないか?」
 「おい。マジかよ・・・きれーな声してる・・・・・・」

 『おかえりなさい このしなやかな 腕に体を横たえ泣きなさい』

  そしてそんなこととは知らないサイナは。
  途中から人前で歌っているのに気づいたが、なんとなく懐いているレイン相手だったのでそのまま歌い続けた・・・ここが、彼女にとって最大の不運であったことだろう。
  もちろん、その歌声が・・・いつもか細い、消え入るような小さな声のため気づかれない美声がロンド=ベル中に知れ渡ることとなった。

 『言葉を止めたらこの腕に あなたを抱いて揺れながら・・・』

  歌い終わったのか、サイナがふうっと息を吐く。
  するとレインがぱちぱちと拍手をした。

 「すごい! 上手じゃない、サイナちゃん。」
 「え、え・・・・・・あ、あの、私なんて・・・・・・」
 
  もちろんこの会話も流れている。

 「やっぱり・・・・・・!」
 「すっげー・・・こんなかわいい声してたんだな・・・」
 「・・・確かに・・・ちょっと表情が乏しいのをのぞけばかわいいからな・・・ファンになっちゃおうかな・・・」

  不埒なことをぽつりと呟く。
  まあ、その思いはほとんどの人間が同じだから言うことはないだろう。


  ・・・・・・こうして、ロンド=ベル内における『お姫様』な存在となったサイナ。
  この翌日、あの歌声がなぜか艦内中に流れたことを知り、恥ずかしさのあまりその場で気を失って倒れたのは・・・・・・
  まあ、言うまでも、ないだろう。
  ちなみに隠れファンも増えたらしいが・・・それは、彼女が知ることはない。
  サイナ=ヴァンス。
  彼女は極度の鈍感娘である。

<続く・・・?>


【ソング バイ Cocco『しなやかな腕の祈り』より抜粋・・・】