私に与えられたものは、家族というあたたかさだったのかもしれない。


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シャンプーと、絵本

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  それは、私がルキやグリフ(姉上と兄上だ)と姉弟となり、数日が過ぎようとしていた日のことだった。

  先に述べておくが、私たちハンターには『家』というものを持っているものが少ない。
  帰る処(おもに体力を回復させ、睡眠を貪るための空間のことだ)と言えば、ギルド総本部内にある私室だろう。
  私室とは言っても駆け出しの場合、与えられるのは相部屋であり、個室ともなると少々腕を上げるしかない。
  さすがに『伝説』とすら呼ばれるようなハンターともなると豪邸なみの私室が与えられるのだが、だいたいのハンターは個室と呼ばれるところで暮らしている。

  いくら広くても『使う』時間がないのだから意味がないのだ。
  おまけに広ければそれだけ管理が面倒になる。

  だからよっぽど暇な(レベルに見合った仕事の来ない、上級ハンター)者でもなければ、そんなところには好んで住もうとはしない。

  私は駆け出しのハンターではあったが、相部屋に入ることはなかった。

  相部屋、というより『家』らしきところに放り込まれたのである。

  発案者はもちろん。

 「私とグリフ、一緒に暮らしてるんだからケルベロスもこっちに住みなさい。
  どうせ部屋なんて空いて困ってたところなんだからv」

  我が偉大なる(こう言うと彼女は嫌な顔をする。自覚はあるらしい)姉上であるルキ。
  兄上も別段反対するわけでもなく、私の部屋を案内してくれた。

 「欲しいものがあるときは呼べ。ただ、俺か姉さんが暇なときだけだ。忙しいときには呼ぶな。」

  ・・・これは、好意に甘えてもいい、ということなのだろうか?

  私は首を傾げつつも、今もこうして自室でぼんやりと天井を眺めていた。



 「・・・姉上・・・こレはいったい何ナノデスか?」

  ある日のこと、ルキはリビングルームで『勉強』中のケルベロスに呼ばれて、シャワールームから出てきた。
  この世界の常識をまるで知らないケルベロスの『勉強』は、それはそれなりに面白かったとルキは後に語っている。

  何しろ彼の語る『疑問』は、彼女にとって小気味のいいものばかりだったからだ。

  そのとき、ケルベロスの手にあったのは、やたらと薄い『本』と呼ばれるものだった。
  ある程度文明が発達『しすぎた』ところの場合、紙で作る本というのは貴重品である。
  そんなものを無造作にリビングルームに放り出していたルキの精神は、おそらく誰よりも図太い。

 「ああ、それ? 絵本よ、え・ほ・ん。」
 「えほん・・・? ホンノ一種なノデスか?」
 「んー、まあそんなところかな?」

  ちょっと違うけど。
  と、心の奥で付け加えたルキに気づかず、ケルベロスが絵本をめくる・・・

  付け加えておくならば、ケルベロスは文字がちゃんと読める。
  記憶メモリはクラッシュしてしまったが、日常的なものはきちんと残されたらしかった。

  そのケルベロスが、絵本を見てカルチャーショック(笑)を受けた。

 「・・・絵だらケ・・・文字ハこれダけ・・・? そしてもうオチ? こレにいったうい何ノ意味が??」

  絵本というのはそういうものである(笑)。
  ケルベロスが今まで読んだものと言えば、辞書ぐらいに分厚い量のものばかりだったのだから、ショックを受けるのも無理はないだろう。

  しかし本気で悩む姿は、どこかしら微笑ましいものがあった。

  しばらくケルベロスが絵本に熱中しているのを微笑ましく眺めていたルキだったが、一瞬、くしゅん、と小さなくしゃみをした。

  そのくしゃみを聞いたケルベロス振り返る。

 「姉上・・・?」
 「ああ、ごめんなさい。平気・・・ちょっと髪拭くの遅くなちゃって・・・」

  自分の不注意からだということを先に述べて置いて、ルキが自分の髪を拭き始める。
  その様子をなにげなく、ケルベロスは見つめていた。

 「・・・? どうしたの、ケルベロス?」
 「・・・・・・髪・・・お風呂、入ルときハぬらすモノなノデスか?」
 「んー・・・ちょっと違うかな? あのね、これは髪を洗ったからなの。
  シャンプーとリンスって、お風呂場に置いてあったでしょ? あのなかの液体をつかって・・・いわば体を洗うのと一緒ね。」

  ちょっと違うけどね、と付け加えてルキが笑う。
  するとケルベロスが本を片手に、ルキの側に近づいてきた。
  そのままタオルケットからこぼれ落ちた金の房の一つを手に取る。

 「いい匂いガシます・・・石鹸ノ匂いとハ違う。」
 「そりゃあ、私の使ってるのはフローラル・・・ああ、香りのことよ? それの匂いがするようにしてるの。
  特別に、ラグオルに咲いてる原生の花の香りでね。」
 「ラグオルノもノデスか・・・なるほど、どこかで嗅いだコトノある匂いだト。」

  ケルベロスはもう、何度かラグオルに降りたことがあった。
  しばらくはルキやグリフがサポートについていたが、今では森や洞窟ぐらいであれば一人でも潜れるほどになっていた。

  元々の・・・体が記憶している・・・そういう『貯金』みたいなものあるおかげで、ケルベロスの成長は著しいものがある。

  花を見かけたのは、確かブーマに体当たりされて木々のなかに突っ込んだときだった。
  隠れるようにして咲いていた淡い色合いの花に、しばしケルベロスは目を奪われていたのだ。

  ぼんやりとしているケルベロスに首を傾げていたルキだったが、いつまでも髪を握られているわけにもいかない。
  本当に風邪をひいてしまうからだ。
  ハンターたるもの、自分の体の管理ぐらいには気をつけなければならない・・・それにいい加減、寒い。

 「こらこら、いつまでもボーっとしてるなら、ケルベロスもお風呂入ってきちゃいなさい。
  絵本はあとにして・・・ね?」
 「了解しました・・・」

  ぺこりと頭を下げて(いつまでたっても律儀に)、ケルベロスは本をルキに手渡すとシャワールームに入っていく。
  それを眺めながら手渡された絵本を手で弄んでみる。

  ・・・これが気に入ったなら、あと何冊か貰ってこようかしら・・・?

  ふと、ルキはそう考えていた。



  さて、余談と言えば余談になるだろうが。

 「兄上・・・一つ、お聞きシたいコトがありマす。」
 「? なんだ。」
 「シャンプーとはいったいドう使うノデスか?」

 「は?」

  しばし沈黙する二人。

 「・・・ケルベロス・・・」
 「ハい。」
 「シャンプーは普通、髪の毛があるやつが使うんだ・・・お前の場合、全身液体石鹸だろう?」

  この一言に、どうやらケルベロスはショックを受けたようだった・・・色々な意味で。

 「・・・あんたって、いっつも一言二言多いのよね・・・ケルベロス、きずついちゃってるじゃない。」
 「・・・・・・・・・すまない・・・」

  ちなみにこういう右往左往があったのち、お風呂場にはケルベロス専用のシャンプーが置かれるようになった。
  どこに使うのかって?

  ああ、髪を洗うのってもう一つぐらい意味はあるんですよ。
  『頭部』をマッサージするっていう、ね?

  嬉しかったのか、ケルベロスはシャンプーを毎回使うようになった・・・まるで子供である。
  ついでに言うならば、ルキの洗い立ての髪の香りも気に入ったようで。

 「ケルベロス〜、お願いだから髪は離して、ね?」

  と、ルキのほうが根を上げるようになり、仕方なく髪の毛を拭くという役目をケルベロスに与えたのだった。
  初めこそ力の加減がわからず、下手くそだったのだが、今ではかなりまともになった。
  いっそ眠ってしまうぐらいに気持ちいい。

 「気持ちよくはなったんだけど・・・ほんとはあなたにこんなことさせたくないのよ?」
 「なゼデスか?」
 「なんででもっ!!」

  自分が子供のようで嫌だからとは言えない、ルキなのでした。




 <つづく>